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元林務官が執念の取材で追究した、ヒグマによる史上最悪の惨殺事件の真実

元林務官が執念の取材で追究した、ヒグマによる史上最悪の惨殺事件の真実

「本の話」編集部

『慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件』 (木村盛武 著)


ジャンル : #ノンフィクション

 本書『慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件』は、大正4年(1915)の暮れ、北海道苫前村三毛別(さんけべつ)の開拓地に突如現れ、8名もの人を食い殺した三毛別羆(ひぐま)事件の真相を初めて明らかにした傑作ノンフィクションとして関係者の間では、非常に高い評価を受けてきた。著者の木村盛武氏は林務官という仕事の傍ら、ときに怒鳴られ、門前払いを食らいながらも、事件の生存者からの聞き取りを続け、執念で事実を掘り当てた。奇しくも事件から100年を迎える今年、特別編集版として文春文庫のラインアップに新たに加わる事を受けて、改めて木村氏にお話をうかがった。

『慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件』 (木村盛武 著)

――三毛別羆事件は、日本のみならず世界史的にみても類を見ない、まさに史上最悪の熊による食害事件として異彩を放っていますが、木村さんがこの事件に興味をもたれたきっかけは、どういうものだったのでしょうか?

 初めてこの事件のことを林務官だった父から聞かされたのは、まだ4、5歳のころだったと思います。余りの恐怖にその夜は小用に立てなかったほどです。その後もやはり林務官だった母方の伯父からも、この事件におけるヒグマの異様なまでの獰猛さを聞かされていました。さらに決定的だったのは、私自身が、水産学校の学生時代、昭和13年の8月に北千島で人食いヒグマに接近遭遇した経験でした。今回の文庫版にも詳しく収録しましたが、私たちよりわずか20分ほど前に出た人が、ヒグマに惨殺された現場を目撃したのみならず、すぐそばにそのヒグマがいる気配を感じて、全身が総毛立つ恐怖を味わいました。これが私にとっては、ひとつの原点だったかもしれません。

 それから、私も林務官となって、昭和36年ごろ、まさに三毛別事件の現場を管轄にもつ古丹別営林署に勤務することとなり、さらに事件の生存者がまだご存命だということも知り、いよいよ、この事件の真相を突き止めようと考えました。

――職業柄、林務官というのは、熊の棲息地域で活動する機会が多いわけですが、林務官に対して、ヒグマ対策のような教育は行われているのですか?

 それが私も驚いたことに、少なくとも当時はほとんどなかったんです。「ヒグマに出くわすと危ないから気をつけろ」ぐらいは言われますが、どう気をつければいいのか、までは教えてくれなかった。実際に、私は林務官として、何度かヒグマに遭遇して、肝の冷える思いをしました。ですから本書を書くにあたっては、林務官はもちろんですが、この事件の真実を追究して、ヒグマというものの習性を明らかにして、二度とこのような悲惨な事件が起こらないように、多くの人に知ってほしいという思いでした。

――三毛別羆事件は、あれだけの死者を出した事件でありながら、木村さんが取材されるまでは正確な被害者数さえわからなかったそうですね。

 そうですね。例えば、事件の起きた日時や場所、被害者の人数、年齢性別、現場の状況など、基本的な事実さえ、私が父や伯父から聞いた話、当時の新聞報道、あるいは事件について触れた刊行物は、それぞれ食い違っていました。単なる伝聞情報だけで書かれたものや、過剰な脚色が入ったものもあり、客観的な事実が掴めなかったんです。そういうこともあって、だったら自分が真実を追究しようと考えた次第です。

――取材された中で、もっとも印象的だったことは何ですか?

1920年生まれ。1939年小樽水産学校卒業、1941年北海道庁林務講習修了、林務官となり、道内2営林局、7営林署4担当区に勤務。苫前村の担当となった際に三毛別事件の取材を始める。1980年退官。野生動物研究のかたわら、執筆活動に入る。著書に『慟哭の谷』『ヒグマそこが知りたい 理解と予防のための10章』『春告獣』などがある。

 事件の生存者に斉藤ハマさんという方がおられて、この方はお母さんと、お腹の中にいた子どもを含めた3人の兄弟をヒグマに殺されていました。当然、事件のことなど思い出したくもないことは想像できましたし、これまで取材にも応じて来られなかったことは知っていましたが、この方に話を聞かないと、この本は書けないとも思っていました。

 いざハマさんの家を訪ねてみると、「人の気持ちになってみれ!」と怒鳴らんばかりに追い払われました。当然といえば当然の反応で、二回目に訪れたときも、ぴしゃりと戸を閉められてしまいました。どうしたものか、と思っていたところ、ある日、列車で乗り合わせた方が、たまたまハマさんのお知り合いで、「ハマさんなら普段はよく畑にいるから、そこを訪ねてみたら」とアドバイスをもらったんです。そこで次の休みの日に、また訪ねて行って、畑にいたハマさんに会うことができたんです。家の中と違って、外ですから、門前払いにはならないこともあって、今度はこちらの趣旨、つまり「二度とこういう悲惨な事件を起こさないために、何があったのかを正確に記録しておきたい」ということをちゃんと聞いてもらえました。黙って聞いていたハマさんが、クワをおいたとき、私の真意を汲んでくれたことがはっきりわかりました。ハマさんは「そういうことでしたら、知っていることはお話しします」と仰ってくださいました。「ただ、写真だけは勘弁してください」とも仰って、事件の残した傷跡の深さに改めて立ち尽くす思いでした。

 いずれにしろ、ハマさんの証言がなければ、『慟哭の谷』という作品が陽の目を見なかったであろうことは間違いありません。

 また、蓮見チセさんという方は、わが子を預けていた先でヒグマに襲われ、殺されてしまったのですが、その息子の通夜に夫と参列したときのことを語ってくれました。息子が殺された家で通夜を営んでいると、なんと遺体を取り返しにヒグマが乱入してきたんです。一同はパニック状態になり、チセさんの夫はチセさんを踏み台にして自分だけ、天井の梁に駈け上ってしまったそうです。結局チセさんは、他の人に助けられて梁に上り、一命をとりとめましたが、「人間なんてひどいもんだ」と嘆息されていたのが印象的でした。

 取材を重ねていると、改めて人間の実相というものが浮き彫りになってくるような気がしました。

 結局、約30名もの事件の生存者や関係者から話を聞くことができたのですが、興味深かったのは、肝心の熊の大きさや色でさえ、十人十色で、「赤かった」という人もいれば「真っ黒だった」という人もいるという具合で、それだけ異常な状況だったことをまざまざと知らされると同時に、正確な事実を確定させるのには、慎重を要しました。いずれにしろ、そうした多くの方の協力があって、本を完成させることができました。

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文春文庫
慟哭の谷
北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件
木村盛武

定価:715円(税込)発売日:2015年04月10日

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