もう一つわたしが好きなのは「親の一言」の章。転校先の小学校で些細なもめ事を起こして泣かされて帰ってきた佐和子さんに、お父様はいう。自分も吉行淳之介や柴田錬三郎に苛められてイヤになる、と。一体どんな苛めなのか? ぜひ見てみたくなる豪華キャスティングぶり。そしてお父様はこう続けた。
「お前は父さんと性格が似ている。父さんもいじめられて我慢してるんだから、お前もくじけるな」
「一緒に頑張ろう」とまで言ったお父様の励ましに、涙が止まった佐和子さん。わたしも中学時代にいじめられた時、母に泣きついたことがあった。佐和子さんのお父様と対応は違ったが、真剣に向き合って解決しようとしてくれたことは忘れない。子どもは親がどれほど真剣に向き合っているか、たとえ根本的な解決にならなくてもそうした親の態度によってずいぶん救われるのだ。
お父様の話に比重を置いたが、本書は甘えん坊の少女が自立して、自らの道を歩んでいく過程も読みどころである。佐和子さんは作家・エッセイスト、テレビでも活躍されている実にマルチな方だが、作家の家であっても子ども時代に特別な教育を受けている様子はない。ではどこに源流があるのか、というと本書のタイトルに反するが、やはり佐和子さんの「語る力」だろう。
冒頭で「恐るべき記憶力」と書いたが、佐和子さんの記憶は多方向である。その時その場面の自分の心境だけでなく、相手が何を思って話しているか、そこかしこにカメラが据えられていて自由にスイッチングしていく。
カメラを引いてみたり、クローズアップで捉えたりしながら、阿川家の長女・佐和子ちゃんが、仕事人阿川佐和子となるまでの軌跡が綴られる。文章から想起する佐和子さんの人生を脳裏に映像として見ながら、笑ったりしみじみとしたりして、そのうち思わず自分のそれはどんなものだったろう、と記憶の蓋を開けたくなってくる。自然とノスタルジーを刺激されるからだろう。
最後に。本書を閉じたら、まずはボーッとしてみてください。火から下ろした煮物に味がしみ入るように、本書が心に染み渡りますから。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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