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びっくりするほど今と似ている江戸の日常
薬を通販? 書店でPOP? つながり?

文:大矢 博子 (書評家)

『春はそこまで 風待ち小路の人々』 (志川節子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 ところが、「なるほど、商店街とその家族の物語なのだな」と思ってページをめくると、戸惑うことになるだろう。物語は少しずつ趣を変えていく。「しぐれ比丘尼橋」では、若者たちの町おこしと並行して、第一話に出てきた粂屋の跡取り息子の恋愛が描かれる。ただ、雲行きがおかしい。

 大転換は第五話だ。物語はここから大きく動くので詳細は書けないが、いきなり武家の仇討ちの話になるのである。この展開には虚を突かれた。別の話が始まったかとすら思った。しかし、これもまた、親の仇を討とうとする息子と彼を支える家族の物語なのである。と同時に、これは武士という職業を描いた物語であるとも言える。

 ここから物語は、この武家の仇討ちと、風待ち小路の町おこしイベントと、粂屋の跡取り息子の恋模様が、撚り紐のように一本にまとまる。まるで三題噺のようなこのくだりの構成は見事という他ない。

 家族、特に親と子というのは縦のつながりである。一方、商店街や町という共同体は、横のつながりだ。縦につながる家族が、家同士の横のつながりを持つ。それが第四話以降の展開だ。物語が進むにつれ、その縦と横のクロスがどんどん広がっていく。町とは、ただその地区を指している言葉ではない。そこに住む人たちがつながってこその町なのだという、その描写が実に見事である。

 最近はSNSで「つながる」という言葉をよく目にする。それもいいのだが、私たちはこうしてネットなどない時代から、地縁というつながりを育んできたのだと、あらためて思い出させてくれた。

 本書が職業小説であり家族小説であるとともに、「町」の小説であると書いたのは、そういうわけだ。

 ここで、本書の大事なテーマが見てとれる。「継承」である。

 本書を読んでいくと、おそらく多くの人の頭に「世代交代」という言葉が浮かぶことと思う。けれど決して交代ではない。それは少しずつ、少しずつ、受け継がれていくものなのだ。

 商売のやり方。仕事に対する考え方。家族に対する愛情の持ち方、表し方。若い世代がそういったものを、上の世代から少しずつ教わる。反発して、自分でやれると考え、冒険する。親はそれを心配し、ときには過剰に期待し、またときには成長を認めず、ぶつかる。ぶつかって、両方が少しずつ目を開いていく。いちばんいい道を捜していく。

 親たちと子たちは、それぞれの世代で手を組んで、それぞれ勝手に風待ち小路を盛り上げようとする。それがぶつかり、勝負のような形になる(そこに仇討ちが絡んでくる)のが第六話だが、その結果をどうかじっくり味わわれたい。決して「世代交代」ではない、ということがお分かりいただけると思う。

 江戸時代の絵草紙屋が平台に売れ筋を並べたり、生薬屋が飛脚売りをやったりしていた。今の書店も平台でベストセラーを展開し、ドラッグストアはネットで通販を行なう。これは「世代交代」だろうか? 違う。継承である。

 江戸時代に、あるいはそれ以前に、先人が編み出した商売のやり方が、今に伝わっているのだ。それを私たちは自分のものとして、工夫を加え、それを次にまた伝えるのである。縦につながる親と子。そして横につながるご近所や職場。それらが生み出すクロスもまた、継承されていく。

 その継承を、別の言葉で、歴史という。

 家族の間でも、ご近所さんでも、ビジネスの場でも、人とぶつかることは多い。けれど私たちはそれを乗り越えて多くのものを継承してきた。これからも継承していく。

『春はそこまで 風待ち小路の人々』は、そんな継承の物語なのである。

春はそこまで 風待ち小路の人々
志川節子・著

定価:本体650円+税 発売日:2015年02月06日

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