古市 最近、ひょんなことから『保育園義務教育化』という本を書きました。いままでは子どもがかわいいと思ったこともなかったんですけど、やっぱり貧困の連鎖を断ち切るためにも、あるいは数パーセントの存在を増やすためにも、乳幼児教育が欠かせない。学力は後から伸ばせても、意欲とか自制心とか……。
村上 非認知能力ですか。
古市 そうです。いわゆる「人間力」のようなものですが、非認知能力は、生まれてから6歳までの限られた期間にしか伸ばすことができません。小学校に入るまでに、すでに子どもの非認知能力は勝負が決まってしまう。しかもその非認知能力は、学力よりも人生の成功に重要なこともわかっています。
村上 勉強のジレンマの話を思い出しました。子どもは「これは勉強なんだ」と感じると、脳の浅い部分というか、いわゆる理性ですね、そこでしか対応できないそうです。アフリカのサバンナで、シマウマやヌーの群れが大移動をします。その前に、動物の子どもたちは、母親と一緒に走ったり、止まったり、方向転換の練習をしたりするんです。動物なので、学習の概念はないし、遊びだと思っているんですね。練習をしないシマウマは、川で溺れたり、動けなくなったりして、途中で脱落してしまう。遊びだと思って刷り込まれる知識は、脳の深いところに刻まれるらしいです。非認知能力を伸ばす乳幼児教育も、それに近いのかなと思いました。
古市 これまであまり「社会をこう変えましょう」といった類の発言はしてきませんでしたが、待機児童や乳幼児教育の問題には、年配の政治家があまりに無関心すぎる。少子高齢化と労働力不足は、日本の大問題だとみんなが認識しているにもかかわらず、その2つを解消する鍵となる保育園がないがしろにされています。この状況は、客観的に考えてあまりに異様だと感じました。
村上 少子高齢化は、国家財政破綻とかに似ていて、そのインパクトをなかなか具体的に想像できないんですよ。話題になっている過疎とか、限界集落にしても、実際には、現地の人以外、誰も実情を知らないですからね。
古市 そうやって問題が先送りされてしまうわけですね。逆にどうやったらイメージできるんでしょうか。みんなが「これはやばい」と意識することは可能だと思いますか。
村上 可能性があるのは、小説や映画のテーマとして描いて、リアリティを感じてもらうことですかね。
古市 出版界は斜陽産業とも言われていますが、それでも龍さんは文章を書き続けている。そのモチベーションはなんですか。
村上 やっぱり、小説を書かないと精神的にも良くないし。生活費も稼がなきゃいけない。
古市 『カンブリア宮殿』だけでいいや、という気分にはなりませんか。ギャラもいいでしょうし。
村上 あの番組は、スタッフにも恵まれているし、リスペクトできる経営者とも会えるので、得るものは多いです。それでも、本業じゃないとは感じています。小説を書く行為は大変だけど、次の作品のアイデアが浮かんだとき、「これでまた生き延びられる」と思うんです。自分の支えになっています。
古市 日本は識字率こそ高いですが、人々の実質的な読解力がどれぐらいあるのかは疑問ではあります。小説でもエッセイでも、書いた内容が意図せざる方向に誤解されることがままあると思うんですが、それが嫌になりませんか。
村上 むしろ「分かってもらえてないな」と思ってるから書き続けるのかも知れないです。モチーフというか、内包させた情報が、多くの読者に完璧に伝わったら、コミュニケーションとしては終わりですからね。だから、自分の本が初版500万部、即日重版1千万部みたいな、バカみたいなベストセラーになったら、もう書かないと思います。
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