本書『ゴシック美術形式論』は序論を含めて全二二章からなる。章構成もゴシック建築を意識したかのような構築性をみせており、最初の九章が三章ずつのユニットを形成し、主として北方装飾を扱っている(「序論」から「動物装飾からホルバインまで」に至る)。後半の一二章は主としてゴシック建築を論じるパートであり、二章ずつの六つのユニットが連なる。そして最後に結論としての「個人と人格」が置かれている。短い章がめまぐるしく変わっていくかにみえる本書だが、このような基本構成を把握すると読み進めやすくなるだろう[8]。
構成についてもう一点触れておこう。本書の図版は原著に基づく岩崎美術社版に準拠し、まとめて巻末に置かれている。なかでもとりわけ強い印象を残すように思われるのが、最後の図版すなわちグリューネヴァルト《イーゼンハイムの祭壇画》からトリミングされた十字架のキリストの部分図であろう(本書の図54、二六四ページ)。図版がまとめて巻末に配置されていることは、読みやすさのためにはマイナスに映るかもしれないが、そうではない。実際に本書を読み進めてみれば、ヴォリンガーのパトスに満ちた筆致が図版から独立していることに気付くはずだ。たしかに原著では図版が随所に差し挟まれているのだが、本文の記述と並走するものの決して一致してはおらず、本文から独立した流れを形作っているのである。したがって、文章の流れと図版の流れをあくまでも相異なる系列に属するものとみなしたうえで、行きつ戻りつ読み進めていくと、図版を手掛かりにヴォリンガーの文体に接近することがより容易になるように思われる。
図版についてさらに指摘すると、原著初版時の図版は二五点[9]で、最後がショーンガウアーの《聖母》(本書の図52、二六二ページ)であったために、そちらの版を眺めるとある種静謐(せいひつ)な印象すら覚えるかもしれない。図版が倍に増え、現行版のように最後にグリューネヴァルトが来る構成は、第一次世界大戦後の一九一九年に第五版が刊行されたときに確立された。ヴォリンガー自身は本書の図版構成の細部には無頓着で、そこには出版社のラインハルト・ピーパーの意向が強く反映されていたようだ[10]。美術史においてピーパーは、カンディンスキーとフランツ・マルクが編集した『青騎士』(一九一二[11])の刊行者として有名であり、ヴォリンガーとドイツ表現主義の架け橋となる人物の一人である。ヴォリンガーの初期著作にはモノグラフ『ルーカス・クラーナハ Lucas Cranach』(一九〇八)や『古ドイツ版本挿絵 Die altdeutsche Buchillustration』(一九一二)が含まれ、そちらでは図版に基づく分析が行われているが、少なくとも『抽象と感情移入』と『ゴシック美術形式論』は、理論構成から作品記述に至るまで、もっぱら当人の文体によって支えられた著作とみることができる。
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