書評

現実の世界に舞い降りた「長生きの薬」を作る満屋教授の終わりなきエイズ研究

文: 堀田 佳男

『エイズ治療薬を発見した男 満屋裕明』 (堀田佳男 著)

 満屋の動きが功を奏して、ゴーシュ教授と満屋はダルナビルの発明人になることができた。ジョン・Eは単に満屋のところに薬を届けた役割を担ったに過ぎなかった。

 〇六年になってダルナビルはFDA(食品医薬品局)が新薬として認可し、日本の厚労省も翌〇七年に認可する。さらにアメリカ政府は、感染者・患者が多いアフリカの国々などが、ダルナビルの特許料を支払わずに使用できるようにした。高い薬代は必要ない。それこそが満屋の望んだことだった。

 ダルナビルはそれまで認可されていたプロテアーゼ阻害剤と比べると、たいへん強力な臨床効果があった。

 そもそもプロテアーゼというのはエイズウイルスが持つ酵素のことである。簡単に述べると、その酵素はウイルスが増えていくときにタンパク質を切断するハサミの役割を担う。ダルナビルはそのハサミを切れなくする薬である。

 満屋はそれ以外にも有望な治療薬を抱えている。その一つが「EFdA(イーエフディーエイ)」という薬だ。分類としては逆転写酵素阻害剤に入る。

 満屋が率いる熊本大学をはじめ、ヤマサ醤油、東北大学、京都大学、横浜薬科大学が共同研究という形で手を組み、新薬の認可をめざす。一五年、すでに臨床治験に入っており、遠くない将来、満屋にとって五つ目の治療薬となるかもしれない。「EFdA」は抗ウイルス活性がAZTの四〇〇倍以上といわれており、大きな期待がかけられている。臨床研究元はアメリカの製薬大手メルク社だ。

 満屋の研究にはまだ先がある。宝となる可能性の高い候補薬を手にしているというのだ。それは遠くない将来、満屋の名前と共にふたたびメディアのスポットライトを浴びる薬になるかもしれない。

 いま満屋はダルナビルを合成したゴーシュ教授とのコンビを組んだことで、今後も新しい治療薬が世にでる可能性が高い。ゴーシュ教授が薬をつくり、満屋が生体内での効果を認める連携プレーだ。

「生物学者はモノを作れません。コメを作れないのと同じです。でもおいしいコメを使って料理を作れる。それに似ています」

 ここでわかるのは、優れた化学者と優れた生物学者がタッグを組むと新薬が生まれる可能性が高まるということだ。「長生きのくすり」が現実の世界に舞い降りたと言って差し支えない。

 エイズの治療薬は一五年夏、五つの分類(逆転写酵素阻害剤、プロテアーゼ阻害剤、融合阻害剤、CCR5阻害剤、インテグラーゼ阻害剤)にまで広がり、計三〇種類にもなる。そこまで多くの治療薬が生まれたのは、満屋が開発の基礎を築いたことが大きい。

 さらに満屋が開発した薬だけでなく、ほかの複数の治療薬を合わせて飲む多剤併用療法がうまくいっている。八〇年代、症状がでたら二年以内に八~九割の患者が死亡していた「死に至る病」は「慢性の感染症」になったのだ。ウイルスに感染後、かなり早い段階に治療薬を飲めば、ほかの人にウイルスを感染させるリスクは減る。感染しない確率が96%という数字さえある。治療をしている人からの新規感染は近い将来ゼロになるだろう。

 かつては両手を広げないとこぼれ落ちてしまうほどの量の薬を毎日飲む必要があった。だが、〇七年には一日一回四錠に、そして翌〇八年にはそれが二錠に、一三年からは一日一回一錠だけでエイズウイルスの増殖を抑え込めるようになっている。

 満屋は「これからは一週間に二錠、さらには一錠でよくなるはずです。その時が比較的早い時期にくるでしょう」と言う。

 しかしながら、一度体のなかに入りこんだウイルスを根絶することは難しい。体内の細胞のどこかに隠れている。そのため、治療薬は一生飲み続ける必要がある。

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エイズ治療薬を発見した男 満屋裕明
堀田佳男・著

定価:本体600円+税 発売日:2015年09月02日

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