上司との折り合いが悪く、半年で会社を辞めたヒロイン・吉田幸子が、アルバイト情報誌で「未経験者大歓迎」「一人でできる仕事だから、わずらわしい人間関係もなし」という謳い文句につられて、「ジュリエ数術研究所」のドアを叩いたのが三年前。そこで占い師としての研修を受けた幸子は、占い師・ルイーズ吉田となり、一年前に独立。今はとあるショッピングセンターの二階の奥のスペースを借りて、一人で占いをするようになっている。お代は二十分で三千円。物語はこのルイーズのもとに占ってもらいにやって来る人々のドラマを縦糸に、ルイーズ自身のドラマを横糸に語られる。
二つあるスーパーのどちらで買い物をしたらいいか占って欲しい、という八歳の少年は、その後も図書係と掲示係のどちらがいいか、とやって来る。三度目に訪れた時、少年は「お父さんとお母さん、どっちにすればいいと思う?」という、突拍子もない占いを持ちかける。しかも、期間は四年生になるまでの二週間だという。困ったルイーズは、占いの師であるジュリエ青柳に相談する……(「ニベア」)、という冒頭の一作から、表題作である「強運の持ち主」までの四編を通して、個々の物語のメインストーリーはもちろん読ませるが、そこで描かれるディテイルがまたいい。
中でも私が好きなのは、「ファミリーセンター」で描かれる、ルイーズと同棲相手の通彦がダイエーに買い物に出かけるシーンだ。公務員の通彦の休日とルイーズの休日が重なった祝日の日、のひとコマなのだが、せっかくだからどこかへ出かけたい、というルイーズの願いも空しく、どこにも行かないまま夕方になってしまった時、そこから二人が出かける先がダイエーなのである。後日、通彦から、その時の埋め合わせに「ちゃんと出かけよう」と提案されたルイーズは、こう思う。
「一緒に暮らしはじめる前は、一生懸命時間を作って、二人でそれなりにいろんなところに行った。(中略)でも、どれも今更行かなくてもいいような気もする」「せっかくの休みには外出したい。そう思うけど、わざわざどこかに出かける必要はないほど、私たちは一緒にいる」
この部分だけで、ルイーズと通彦の間にある穏やかで優しい空気が伝わってくる。こういう、“ささやかだけど大切なこと”をさりげなく描くところが、作者の美点の一つである。
本書の読みどころは他にも沢山あるのだが、ヒロインのルイーズが、占い師という仕事を通じて、少しずつ内面を変化させていくという部分がやはり一番の魅力だろう。一人が好きで、だから一人でできる占い師という仕事を選んだルイーズが、人とかかわっていくことで、ゆっくりと変わっていく。それがいいのだ。同棲相手の通彦、ジュリエ青柳、といった脇役たちも、いい味を出している。
前作『優しい音楽』からほぼ一年ぶりだが、一年待った甲斐のある傑作である!
-
『赤毛のアン論』松本侑子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/11/20~2024/11/28 賞品 『赤毛のアン論』松本侑子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。