書評

全悪人怪人大百科 リンカーン・ライム編

文: 杉江 松恋 (書評家)

『バーニング・ワイヤー』 (ジェフリー・ディーヴァー 著/池田真紀子 訳)

『エンプティー・チェア』
(二〇〇〇年/二〇〇一年)文春3/「このミス」-

――少年の指の感触は、皮膚の下に潜りこもうとうごめく太った吸血ダニのようだった。

『エンプティー・チェア 上』 (ジェフリー・ディーヴァー 著/池田真紀子 訳)

 ここまで続けて天才犯罪者との対決を描いてきたシリーズだったが、三作目で意外な変化球が投げられる。四肢麻痺治療のためノースカロライナ州パケノーク郡を訪れたライムとサックスは男性一人を殺害し、二人の女性を誘拐監禁して逃亡しているという凶悪犯を逮捕するため、協力を要請される。ニューヨークというホームグラウンドを離れた事件であるばかりではなく、追いつめるべき敵もこれまでとは違う。ギャレット・ハンロンという十六歳の少年なのだ。

 ハンロンは家族を不幸な事故で奪われ、親戚の家で育てられていた。生物観察が趣味であるところから〈昆虫少年〉と呼ばれ、同世代の友人は皆無である。白眼視される存在であり、養父母も腫れ物に触るような態度で彼には接していた。現場検証に訪れたサックスは、彼の部屋にあった飼育瓶の中に事件のヒントとなる物が隠されていることを突き止める。

 ハンロンは共同体から忌避される存在だ。虫だけが心を許せる味方であり、彼を追おうとした保安官補の一人はスズメバチの群れに遭遇して命を落とす。まるで守護獣のようである。本書の舞台が南部州に設定されているのは、信仰深く、保守的な住民気質を事件に反映させるためだろう。ハンロンが差別を受けるのは、彼が周囲とは異なる価値観の持ち主だからである。同調圧力、力で他人を従わせようとするマチズモが悲劇の遠因になっている。

 捜査の過程においてサックスとライムのパートナーシップが崩壊寸前になる。互いの死と同等の危機を描いた作品でもあるのだ。絶望的な状況が描かれ、ライムの推理が二人を窮地から救うことになるという、もっとも謎解きミステリーらしい展開を持った一冊でもある。

【次ページ】『石の猿』

バーニング・ワイヤー 上
ジェフリー・ディーヴァー・著/池田真紀子・訳

定価:本体750円+税 発売日:2015年11月10日

詳しい内容はこちら

バーニング・ワイヤー 下
ジェフリー・ディーヴァー・著/池田真紀子・訳

定価:本体750円+税 発売日:2015年11月10日

詳しい内容はこちら


 こちらもおすすめ
書評“怪人対名探偵”、現代によみがえる(2012.10.18)
書評危険な「魔術師(イリュージョニスト)」(2004.10.20)
書評極上のスリルを愉しもう(2013.11.08)
書評『ポーカー・レッスン』解説(2013.09.06)
書評どんでん返しの魔術師、007を描く(2014.11.19)
インタビューほか9・11後の007を描く(2011.10.14)
書評『イン・ザ・ブラッド』解説(2013.11.27)
インタビューほか巨匠のサスペンス執筆術(2012.06.12)