- 2015.11.25
- 書評
全悪人怪人大百科 リンカーン・ライム編
文:杉江 松恋 (書評家)
『バーニング・ワイヤー』 (ジェフリー・ディーヴァー 著/池田真紀子 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
『石の猿』
(二〇〇二年/二〇〇三年)文春5/「このミス」-
――耐心(ナイシン)――彼は自分にそう言い聞かせた。
中国人のクワン・アンは鬼(グイ)、英語ではゴーストと呼ばれる男だ。彼は世界で最も危険な密入国斡旋者と言われ、警察官や政府職員を含む十一人の殺害容疑で国際指名手配を受けている。しかし実際に殺したと考えられる人数はそれ以上、警備にあたるサックスたちの眼前で彼は船を沈め、証拠隠滅のために乗客の密入国者たちの命を無慈悲に奪うのである。騒動に紛れてニューヨーク市内に潜り込んだゴーストは、生き残りの乗船者たちを殺して口を塞ごうとする。ライムのチームがその前途に立ちはだかるのだ。
ボーン・コレクターやコフィン・ダンサーと違ってゴーストの正体は初めから判明しているが、ニューヨークは彼にとっての異邦であり、ゆえに匿名性も保たれる。普通の家庭に生まれた彼を怪物に変貌させたものは一九六〇年代に中国で吹き荒れた文化大革命の嵐だった。そこでゴーストは「耐心(ナイシン)」という不動の哲学を得た。彼はこの言葉を「待てば海路の日和あり」というような意味で用いる。石のように存在を殺して待ち、好機を得たら一気に攻勢に出るのだ。仮面を被って隠れ続けていた男が狡猾に動き始める場面は、本書の中でも特に強い印象を残す。ある場所でサックスを見た彼はその容貌に強く惹かれ、彼女を犯すことを夢見るのである。女性器を意味する〈陰道〉の名で彼女を呼ぶゴーストの気味の悪いこと!
本書でシリーズは初めて国際的な題材を得た。近作でとみに特徴的な、時事問題を巧みに採り入れる作風はここから始まっていたのだ。捜査に当たってライムは政治的な駆け引きをしなければならなくなるが、その点も近作『ゴースト・スナイパー』を連想させる。
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