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危険な「魔術師(イリュージョニスト)」

危険な「魔術師(イリュージョニスト)」

文:泡坂 妻夫 (作家)

『魔術師(イリュージョニスト)』 (ジェフリー・ディーヴァー 著/池田真紀子 訳)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #エンタメ・ミステリ

 ジェフリー・ディーヴァー著『魔術師(イリュージョニスト)』の主人公マレリックも(2)のマジックの名人である。マレリックは天性の才能にめぐまれていて、子供のころから舞台に立ち、プロのマジシャンたちを驚ろかせていた。

 成長したマレリックが身につけた技術は、一般的なトランプマジックのほか、大掛かりな魔術、脱出のトリック、早変わり、アニマルイリュージョン、読心術、ピッキング、腹話術と数え切れないほどだ。

 そして、全ての魔術は巧妙なミスディレクションによって完成されている。

 ミスディレクションというのは、マジックの専門用語だったが、今では一般にも通用するようになった。観客の注意や思考を、術者が用意した方向に持っていくことで、近代マジックは心理的ミスディレクションを重要視することで発展をとげた。昔のマジシャンの武器は「目にも止まらぬ早業」で、目まぐるしいものだったが、近代のマジックは見た目に判り易い効果を持つようになった。

 たとえば、ある品物をひそかに持ち出すとき、昔は服の裏側などに複雑な仕掛けを作っておき、それにたよっていたのだが、ミスディレクションを使えば堂堂と自分のポケットから持ってくることができる。

 テーブルの上に、ライターとかコインといった小物を置いておく。術者はそれを片付けるため取り上げてポケットの中に入れる。そして必要なものと持ち替えてポケットから手を出すのである。観客は「いらないものをしまう」という意味付けがあるため、それがひそかに品物を持ち出す動作だとは思わないのである。

 このミスディレクションは小説の中のマレリックだけでなく、作者も読者に対して仕掛けてくるから油断ができない。

 マレリックは、脱出王としてマジックの世界に不滅の名を残しているハリー・フーディニーに憧れ、子供のころの芸名をヤング・フーディニーといって舞台に立っていた。

 いずれ、マレリックは一流のマジシャンとして大成するはずであったが、ある出来事をきっかけにマジックを断念しなければならなくなった。その結果、情熱は自分の将来を奪ったものへの復讐にすり替えられる。

 魔術師のトリックやテクニックが反社会的なものに向けられる。これほど恐ろしいことはない。しかも、読み進むとマレリックはいつの間にか魔術の(1)の能力も持ちはじめたように思える。

 それでなくとも、魔術の舞台では術者はいつも超能力を発揮する勝者であり、観衆はそれに打ちのめされる敗者であり続けるという原則が存在するからだ。

 マレリックが次次と繰り出す魔術には目が廻るようだ。

 それを迎え撃つ側もマレリックに負けない魅力的な人物ばかりだ。四肢麻痺状態で難事件捜査に当たる元NY市警科学捜査部長、その美人パートナーたる婦人警官、元有名マジシャンとその女弟子。それに極右武装組織がからみ、もうこの本を手放すことができなくなる。

 はたして殺人犯は魔術の力で逃げおおせるのか。捜査官たちはその魔術を打ち破ることができるのか。それがこの本の読みどころである。

文春文庫
魔術師 上
ジェフリー・ディーヴァー 池田真紀子

定価:880円(税込)発売日:2008年10月10日

文春文庫
魔術師 下
ジェフリー・ディーヴァー 池田真紀子

定価:880円(税込)発売日:2008年10月10日

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