書評

戦国武将の子『又兵衛』が
浮世絵の元祖だった

文: 辻 惟雄 (東京大学名誉教授・MIHO MUSEUM館長)

『浮世絵をつくった男の謎 岩佐又兵衛』 (辻惟雄 著)

 当時新築したばかりの家屋(第一書房の新社屋)を抵当にして、電話や浮世絵コレクションなど、金に換えられるものは一切合切売り払って京都へ赴いた長谷川は、首尾よく絵巻を手に入れて自宅に戻る。待ちかねた松岡とともに包みを解き、時のたつのも忘れて深夜に全十二巻を見終わったとき、二人は、感激しながらも、巻物の持つ力に圧されてへとへとになっていた。……

 その後どのようなことが起きたかは、今度文春新書の一冊として出る拙著(『岩佐又兵衛――浮世絵をつくった男の謎』)を御覧いただければ幸いである。岩佐又兵衛は、私が学生時代から宿縁のようにして取り組んできた課題だ。すでに数冊の本を出しているが、今回は総決算のつもりで書いた。戦国武将の子として生まれながら、一族が滅び、自分だけが生き残って画家になった例としては、ほかに海北友松(かいほうゆうしょう)がいるが、友松より数十年遅れて生まれた又兵衛は、時代の転換を身をもって体験した。加えて彼は、生まれて間もなく母が斬首されたという残酷な運命を背負っている。絵巻「山中常盤」のなかの常盤主従が殺される場面の「容赦ないレアリズム」には、その痛切な思いがこめられているのではないか。

 近世初期の風俗画が、浮世絵へと変貌する、その画期的な作品として、「舟木屏風(びょうぶ)」と通称される伝又兵衛筆「洛中洛外図屏風」(東京国立博物館蔵)がある。これを又兵衛の初期作とする意見が多いなかで、私は又兵衛でなく〈又兵衛前派〉の筆だと言い張ってきた。だが今回検討し直して、これこそは又兵衛だ! と改心せねばならなくなった。彼こそは浮世絵の元祖だといえるようになったのは、今度の執筆のおかげと感謝している。

 それから、校正のとき見落としていたが、常盤主従が裸に剥かれて泣きわめく同じシーンが繰り返し出てくる。少々くどいといわれかねないが、長谷川氏らを無我夢中にさせた「生々しくも痛々しい」シーンゆえ、御免じいただきたい。

浮世絵をつくった男の謎 岩佐又兵衛
辻惟雄・著

定価:本体1,200円+税 発売日:2008年04月21日

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