3 闘う女たちの物語
湊かなえさんの小説は、多くが「闘う女たち」の物語であるように思います。小説推理新人賞を受賞した短編「聖職者」からして、幼い娘を失った女性教師が復讐を企てる物語でした(その後この「聖職者」を第一章として完成した長編小説が『告白』です。デビュー作とは思えない完成度をもったこの小説が、各種ミステリーベスト企画にランクイン、本屋大賞受賞、映画化などを経て大ヒット作品となったことは紹介の必要もないでしょう)。
大切なものを失ったところから始まる「聖職者」の主人公はやや特殊な例ですが、湊さんの描く女性の多くは、愛するもの、大切なものとの平穏な生活を守るために闘います。勝って終わりというものではなく、負けないための闘い、日々、不断に行われ続ける闘いなのです。それはときに、もっと賢明なやり方があるだろうにと思わせるものではありますが、彼女らの強い思いには圧倒されずにいられません。
かつては「男は外の世界で戦って女を守るもの、女はうちの中で守られてレースでも編んでいるもの」と思っていた男性も多かったようで、今でもその意識のしっぽを引きずっている人はいるかと思いますが、どうしてどうして。日々の生活を守るということは、それほど甘いものではございません。その闘いがいかに苛烈な意思と覚悟を必要とするものか、湊さんの描く女性の姿から感じ取る人も多いのではないでしょうか。というか、古い意識の殿方には是非そこんとこ、わかっていただきたい。
本書『望郷』に登場する女性たちも、たとえ表面上は静かであっても、苛烈な意思を秘めて闘っています。男性にも闘わざるを得ない立場にいる人はいますが、どちらかといえば男性は(自分では気づかぬうちに)守られていたり、闘わないことを選んだりしています。
そういえば湊さんの作品においてはしばしば、「闘う女たち」に対して「闘わない男たち」が配置されているように思います。「闘わない男たち」は、場合によっては女たちの闘いからただ逃げていることもありますが、あえて「闘わないという闘い方を選んだ男たち」(ややこしい)もいて、その姿は、闘う女たちとはまた別の強さを体現するものとして興味深くもあります。本書にも、ミステリーのネタに触れてはいけないので具体的な名前をあげるのは控えますが、そういう男性は登場していますね。
さて、湊さんの描く女たちの闘いは、成功するものばかりとは限りません。ときに報われる一瞬はあっても、そこで終わることなく続いていきます。まさしく日常と同様に。『望郷』に限らず湊さんの小説は、女性たちが「それでも生きていく」物語だと思います。それでも、生きていく。生きていかなければ。日々を守る不断の闘いに疲れたとき、そんな風につぶやく人は多いかもしれません。湊さんの小説は、たとえ色調の暗い物語であっても、そんな闘いへの応援歌となってくれるのです。
4 蛇足かも。
瀬戸内出身としてもう一つ、登場人物たちと同じものを知っていました。「海の星」で「おっさん」が主人公に見せてくれた、夜の海面に光る青い星。夜光虫と呼ばれるプランクトンが、刺激を与えると青く発光するのです。確かこれも、クラブの合宿の時に先輩から教わったのでした。それはそれは美しい眺めです。
蛇足ついでにもう一つ。「おっさん」の思いははたして、真相解明部分で語られたことだけだったのでしょうか? 実はやはり……っと、これ以上は書きませんが、すでにお読みの方なら、私が書きたいことはおわかりですよね。どう思われますか? 未読の方、それではぜひどうぞ、本書をお読みください。
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