- 2014.11.05
- 書評
英国調、元祖コージー・ミステリの名作
文:杉江 松恋 (ミステリー評論家)
『「禍いの荷を負う男」亭の殺人』 (マーサ・グライムズ 著/山本俊子 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
ミステリー用語の定義などに困ったときにいつも参考にしているブルース・F・マーフィーのThe Encyclopedia of Murder and Mystery(St. Martin's Minotaur)を開いて、cozyの項を見ると、冒頭から「〈コージー〉とはそれほど正確な定義のある用語ではない」とあって、この言葉がなんとなく「精密なリアリズムの要請を受けないミステリー向け」に使われてきた、というようなことが書いてある(ジェイムズ・エルロイじゃないものがコージー、みたいなことも書いてある)。
おやおや、のっけから雲行きが怪しいぞ、と思って読み進めると次にこうある。「別の視点からすれば、コージーとは死に絶えることを拒んだ〈黄金期〉のミステリーなのである」と。おお。そしてこの文章は「(アガサ)クリスティーや(ドロシー・L)セイヤーズから明らかな影響を受けたマーサ・グライムズのような作家が」と続くのですね。同書が刊行されたのは一九九九年のことだから、当時はコージー・ミステリー作家の代表格としてマーサ・グライムズが意識されていた、ということがこれでわかる。念のために書いておくと〈黄金期〉とは、二つの世界大戦間の、謎解きミステリーの傑作が多数生まれた、ファンにとっては夢のような時代のことである。
〈コージー〉の定義にはいろいろあるが、私はこれを気に入ったから採用したい。「謎解き〈黄金期〉の不死を唱えるミステリー」なんて、いいよね。
そこで、マーサ・グライムズなのである。
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