本書の収録作を見てみよう。
「共に見る夢」は、不破龍之進と妻のきいに第一子・栄一郎が誕生する(あの龍之進がついに父親に! 彼の初恋から知っている読者には感無量だ)。ところが間をおかず、友之進の同僚の妻が亡くなり、誕生と死を考えさせる一編となっている。
「指のささくれ」では、九兵衛とおてんの結婚話が一旦頓挫する。表題作「昨日のまこと、今日のうそ」は、茜が奉公する松前藩の屋敷での大事件だ。
「花紺青」は同僚の絵の才能に嫉妬する伊与太の物語。ここに登場する葛飾北斎の娘・お栄が、のちの女浮世絵師・葛飾応為である。また、本編で九兵衛とおてんが祝言を挙げる。
「空蝉」と「汝、言うなかれ」は捕物帳だ。前者は奉行所の中に賊に内通している者がいるという話。後者は昔一度人を殺したことのある男が、時を経て、別の事件の容疑者になる物語である。どちらも現代に通じる問題を描いており、これも本シリーズの長年にわたる魅力のひとつとなっている。
いかがだろう。孫の誕生、青春の苦悩、お家騒動、祝言、捕物帳。それぞれ中心となる人物も、描かれるテーマも異なっている。
伊与太に絵師という夢をもたせたことで、才能の有無に悩む青年の物語が生まれた。男勝りの茜には、別式女という道を与え、大名のお家騒動を絡めた。伊三次の弟子の九兵衛に大店の娘を娶(めあわ)せたことで、髪結い床を持つまではお文と結婚しないと頑なに決めていた若き日の伊三次と対比させた。この巻ではないが、龍之進の妻きいに対する茜の可愛い小姑っぷりも、お吉が髪結いになると言って親を喜ばせたことも、そして何より伊与太と茜の思いを寄せ合う様も、伊三次というひとりの男を端緒に、つながりがどんどん広がっていったからこそ生まれた物語であることがおわかりいただけるだろう。
だが、広がるだけではない。レギュラーメンバーがいかに増えようと、心の拠り所は常にひとつ処にある。伊三次の家が、不破の家が、しっかりとシリーズの核にある。その核にしっかり根を張り、互いが互いを思い合う心の有り様は、シリーズ第一作から微塵も変わってはいない。だから読者は安心して、家を飛び出した若者の話も読めるのだ。
時を経れば、人は変わる。年齢によっても変わるし、立場によっても変わる。その中で変わらないものもある。「髪結い伊三次捕物余話」は、その変わるものと変わらないものを描き続けるシリーズなのである。