2016.12.25 書評

孫の誕生、青春の苦悩、お家騒動、祝言、そして捕物。円熟のシリーズ14作

文: 大矢 博子 (書評家)

『昨日のまこと、今日のうそ 髪結い伊三次捕物余話』 (宇江佐真理 著)

『昨日のまこと、今日のうそ 髪結い伊三次捕物余話』 (宇江佐真理 著)

 二〇一五年十一月七日、宇江佐真理さんの訃報に立ち尽くした。

 それからしばらく追悼コラムなどの執筆に追われ、落ち着いたのは年明けに「髪結い伊三次捕物余話」第十二巻『名もなき日々を』の文庫が出た頃だったと思う。

 単行本で一度は読んでいたそれをあらためて手に取り、やはり面白いなあと思いながら一話ずつ味わい――

 愕然としたのは、最後の一話を読み終わってめくったページに、「文庫のためのあとがき」がないことに気づいたときだ。

 なぜだかはわからない。亡くなったことは知っているのに、帯にも「追悼」と大きな文字があしらわれていたのに、伊三次の文庫の最後には宇江佐さんのあとがきが当然あるものだと、思い込んでいたのである。

 あるはずのものが、そこに、ない。

 そのとき初めて私は「もう、いないのだ」と実感したのだと思う。

 同じ思いを抱いた読者の方も、きっと多かったことだろう。

 本書『昨日のまこと、今日のうそ』はシリーズ第十三巻である。本書にも、著者のあとがきはない。その欠落を拙稿で埋められるとは到底思えないが、しばしお付き合い願いたい。

 

 宇江佐さんのあとがきは第二巻『紫紺のつばめ』から掲載が始まった。しばらくは評論家や作家の解説が併録されていたが、第八巻『我、言挙げす』の島内景二さんの解説を最後に、その後は宇江佐さんのあとがきだけとなっている。

 時には自作解説が、時には創作秘話が、そして時には世間のニュースへの思いや身辺雑記などが綴られたあとがきは、文庫派にとっては嬉しいボーナストラックであり、シリーズの名物だった。

 ところが、あとがきだけで締めくくられるようになった第九巻『今日を刻む時計』以降、宇江佐さんは立て続けに読者を驚かせたのである。

 おっと、そのまえに、本書の設定を簡単に説明しておこう。

 主人公は、店を持たず顧客の家を廻って髪を結う〈廻り髪結い〉の伊三次。長年、同心の不破友之進の捕物を手伝う小者でもある。彼らによる捕物帳、というのが本シリーズのひとつの核だ。

 もうひとつの核は、登場人物たちの変化と成長にある。最初は独り者だった伊三次も、第四作『さんだらぼっち』で芸者のお文と夫婦になり、九兵衛という弟子もできた。第五作『黒く塗れ』では長男の伊与太が生まれた。

 一方、不破家では『黒く塗れ』で長女の茜が生まれたり、第六作『君を乗せる舟』で長男の龍之進が元服し、父親と一緒に奉行所へ出仕するようになったり。シリーズ序盤から読んでいる読者にとって「あの子がこんなに大きくなって!」と親戚のような目で彼らを見つめるのも、本書の大きな楽しみである。

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昨日のまこと、今日のうそ 髪結い伊三次捕物余話
宇江佐真理・著

定価:本体570円+税 発売日:2016年12月01日

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