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解説――堅気と狂気

解説――堅気と狂気

文:芝山 幹郎 (評論家)

『伸びる女優、消える女優』 (小林信彦 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #随筆・エッセイ

「道楽者」小林信彦の視線は、なにも女優たちにばかり注がれているわけではない。なかでも私は、フレッド・ジンネマン監督の『暴力行為』(一九四八)が取り上げられているのに眼を惹かれた。日本では長らく見られなかった映画なので、私はフィルム・ノワールのDVDボックスをアメリカから取り寄せた記憶があるが、小林さんはなんと、《一九五〇年二月に池袋のシネマ・ロサで観ている》(『埋もれた傑作映画=「暴力行為」』)らしい。八十二分のタイトな構成で、足を引きずって歩く復讐鬼ロバート・ライアンの姿が一度見たら忘れられない、渋くて硬派の映画だ。

 そうそう、この本には、双葉十三郎さんや谷啓さんに手向けた、胸に沁みる追悼も載せられている。胸に沁みるといっても、感傷的なものではない。生前の彼らのすぐれた業績を讃えつつ、その一方でちょっとおかしなところをさりげなく示し、遠ざかっていく彼らの姿に思いを馳せる書き方。このあたりのデリカシーを、読者にはじっくり味わっていただきたい。

 とまあそんなわけで、小林信彦は今日もまた、前輪と後輪の形が異なる自転車にまたがり、バランスを巧みに取りながら、曲がりくねった街の細道を駆け抜けていく。前輪を形作っているのは「堅気の職人的体質」であり、後輪を形成しているのは「年季の入った道楽者の資質」だ。

 この自転車は、ヘボには乗りこなせない。ただ、小林さんが乗ると、前輪は、長い不倒距離をもたらす原動力となる。後輪は、眼の覚めるような抜き撃ちや、なんとも味のあるおかしみをもたらす源泉となる。

 つまり、継続と爆発の共存。長距離走者(ステイヤー)と短距離走者(スプリンター)の同居。比喩の並列ならまだまだ増やせるが、めったに果たせないこの両立を、小林信彦は長年にわたって実現してきた。これは素晴らしい。そうそう真似のできることではない。たぶん小林さんのなかでは、こつこつと工夫を重ねる職人気質と、狂気を栄養とする芸能への愛情が深く絡み合っているのだ。職人はたぶん、実業家や資産家よりも長く生き延びる。芸能はたぶん、政治や宗教よりも味わいが深い。

文春文庫
伸びる女優、消える女優
本音を申せば⑦
小林信彦

定価:616円(税込)発売日:2014年01月04日

電子書籍
伸びる女優、消える女優
本音を申せば(7)
小林信彦

発売日:2014年02月28日

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