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これは“正義”か“テロ”か。その境界に迫る傑作歴史長編。

これは“正義”か“テロ”か。その境界に迫る傑作歴史長編。

文:末國 善己 (文芸評論家)

『みちのく忠臣蔵』 (梶よう子 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

『みちのく忠臣蔵』 (梶よう子 著)

 梶よう子は、市井人情ものの『いろあわせ 摺師安次郎人情暦』、人情ものに謎解きの要素を加えた〈御薬園同心水上草介〉シリーズ、人気ゲームのノベライズ『戦国BASARA3 石田三成の章』など多彩なジャンルを発表し、歴史時代小説の愛読者から支持されてきた。二〇一五年には、浮世絵師の三代歌川豊国が死に、才能がないのに四代襲名を持ちかけられる弟子の清太郎の苦悩を描く『ヨイ豊』が直木賞の候補になり、その知名度が小説ファンにまで広まった感がある。

 著者が、創作の大きな柱の一つにしているのが、井伊直弼が暗殺された桜田門外の変に向けて物語が進む松本清張賞受賞作『一朝の夢』、見習い医師が、富山藩のお家騒動・富田兵部一件に巻き込まれていく『迷子石』、江戸城内で起きた松平外記刃傷事件を題材にした『ふくろう』など、歴史的な大事件を従来とは違った角度から切り取った作品である。清張賞受賞後第一作として刊行された本書『みちのく忠臣蔵』も、この系譜に属している。

 今回、著者が取り上げたのは、相馬大作事件である。主君の仇を討った赤穂四十七士になぞらえ、古くから“みちのく忠臣蔵”とも呼ばれた事件は、幕末に尊王攘夷運動の理論的な指導者となった水戸藩の藤田東湖、長州藩の吉田松陰も、大作の“義挙”を絶賛。幕末から明治にかけては講談の人気演目として庶民にも親しまれていたが、現代ではあまり知られていないように思えるので、簡単に経緯を紹介しておきたい。

 盛岡藩の家臣だった大浦氏が作った弘前藩は、豊臣秀吉の小田原征伐の時、当主の大浦(津軽)為信がいち早く小田原へ参陣し、秀吉から所領を安堵され正式に大名となった。元家臣が大名に成り上がったことに盛岡藩は激怒。両藩の確執は江戸時代に入っても続き、正徳四(一七一四)年には、檜山騒動と呼ばれる国境紛争も起きている。

 文政三(一八二〇)年、盛岡藩の藩主・南部利敬が、三十九歳の若さで急死。養子で十四歳の利用が後を継ぐが、若さゆえに無位無官であった。その頃、高直し(石高の見直し)で表高十万石となった弘前藩は、藩主の津軽寧親が従四位下に叙せられていた。盛岡藩で兵学を教えていた相馬大作は、家臣筋の弘前藩が、官位で上になったことに悲憤慷慨し、寧親に辞官隠居をしないと実力行使に出るとの果たし状を送る。この警告が無視されたため、大作は大砲と鉄砲で武装した盛岡藩士を率い、江戸から弘前へと帰る寧親の大名行列を襲撃するのである。

 相馬大作事件は、長谷川伸『相馬大作と津軽頼母』、直木三十五『三人の相馬大作』、山田風太郎の短編「お江戸英雄坂」、宇江佐真理『三日月が円くなるまで』など錚々たる作家が手掛けてきた。これまでの作品は、寧親を狙う大作サイドの人間を主人公にすることが多かったが、著者は、弘前藩とも盛岡藩とも無関係な若者の視点で事件を再構成することで、大作が行ったのは本当に“義挙”だったのかを問い直している。そのため、たとえ事件の顛末を知っていても、先が読めず、スリリングな展開が楽しめるのではないだろうか。

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文春文庫
みちのく忠臣蔵
梶よう子

定価:803円(税込)発売日:2016年05月10日

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