逢坂 私が『禿鷹』シリーズで悪徳警官を書いたのは、実際の事件とはまったく関係はない。むしろ知り合いのお巡りさんから話を聞いたら、私なんか気が弱いから、つい悪いことは書いちゃいけないとか、弱腰になっちゃうんじゃないかな(笑)。でも、佐々木さんの作品は、2011年の『密売人』(ハルキ文庫)でもそうだけど、警察内部の暗部をあれこれ書いていても、警察官個人に対してのリスペクトの気持ちは失っていない。中には腐ったリンゴはあるけれど、警察官全員が悪いわけではないと示す節度がありますね。
佐々木 はい。道警シリーズでは、いま組織の中で生きている人間、サラリーマンであり、組織人である人たちの喜怒哀楽というのは、きちんと書きたいと思っています。警察組織というのは、会社とは少し違うかもしれませんが、組織としては一番極端な問題が出るところです。その中の人たちの思いというのは、一番普通のいまの日本人を書くことにつながると考えているんです。
警察小説の系譜
逢坂 横山秀夫さんの登場があって、10年ほど前から、警察小説ブームと言われるようになりましたが、日本では一口に「警察小説」といっても、定義がはっきりしていませんよね。海外の警察小説というのは、流れが二つに分かれていて解りやすい。エド・マクベインの『87分署』シリーズに代表される警官や刑事の群像で描かれる事件解決ものと、マギヴァーンのように一刑事が主人公のハードボイルドもので分けられる。
佐々木 エド・マクベインは非常に好きですね。
逢坂 私はまるっきり駄目なんだ。
佐々木 『87分署』の登場人物たちは、ほとんど現場警察官や二級刑事、一級刑事といった下積みの人たちです。彼らが地道な捜査で事件を解決していく。私は本格物の名探偵ミステリーが苦手だったこともあって、このシリーズを面白く読みました。もう一つ、1970年代にリアルタイムで読んだのが、『マルティン・ベック』シリーズです。
逢坂 『87分署』に比べると、ハードな感じがするけどね。
佐々木 社会派ですよね。謎解きの面白さもあるんだけれど、基本的な世界観、哲学が、警察小説でありながらアンチ警察なんです。最初から最後まで、「本当の敵は警察組織である」という思想が一貫しています。警察小説というのは、組織全面礼賛でなくともいい、むしろ対立構造があることを知ったのは『マルティン・ベック』で、これが今の私の道警シリーズなんかにも、直接の影響を与えていますね。
逢坂 私は捜査小説や、警察の手続きがどうなっているかよりも、組織対個人、警察という組織の中での刑事の相克に興味があって、人が読まないようなものも探し出してずいぶん読みました。でも別に警察の内部状況が知りたいわけではなくて――要するに警察組織そのものが、管理化された社会の縮図のようなものなんだと思います。作家の立場からすると、社会全体とすると非常に漠然としているので、警察という具体的な組織を利用して、個人を描いているといってもいいかもしれない。
佐々木 『隠蔽捜査』シリーズなどは、今野敏さんの警察論小説である気がしますね。「警察はかくあるべき」ということを語られているように読みました。
逢坂 なるほどね。私の場合は警察に対して何か含むところがあったり、ましてや警察を糾弾しようなんて大それたことは全くないんだけれど、読む人によってはそのように読めることだってあるのかもしれない。でも、読者がどこで何を感じてくれるかは別として、エンターテインメントである以上は、メッセージよりもまず、一つの世界が一冊の中にあって、それを楽しんでもらえたらそれでいいという気持ちで書いています。
佐々木 エンターテインメントを書いていて、声高に何かを言う必要はないというのは同じですね。基本的には私も明快な結論は出せない問題のほうがはるかに多いんですよ。『地層捜査』にしても『ユニット』にしても、「考えてみます」というのが、精一杯の作家としての立場だと思います。ただ、『ネプチューンの迷宮』(扶桑社文庫)では、日本の原子力政策、特に中曽根康弘の構想に、はっきりノーと言いましたけれど……。