インタビューほか

対談 杉原美津子×入江杏
喪失から甦生へ――「新宿西口バス放火事件」と「世田谷一家殺害事件」を語り合う

「本の話」編集部

『炎を越えて 新宿西口バス放火事件後三十四年の軌跡』 (杉原美津子 著)

無差別殺人の原点「新宿西口バス放火事件」で全身80%の熱傷を負った杉原さん。今なお未解決の「世田谷一家殺害事件」で妹一家4人を失った入江さん。あまりに過酷な運命を、それぞれどう生き抜いてきたのか。

炎を越えさせた兄の写真

入江杏(Ann Irie)
『悲しみを生きる力に――被害者遺族からあなたへ』(岩波ジュニア新書)
国際基督教大学卒業。英国の大学で教鞭をとるなど、10年に近い海外生活ののち帰国した2000年12月31日未明、「世田谷一家殺害事件」に遭遇し、隣家に住む妹一家を失う。その後、犯罪被害からの回復・自助とグリーフケアに取り組みながら、学校などで絵本創作と読み聞かせ活動に従事している。著書『この悲しみの意味を知ることができるなら――世田谷事件・喪失と再生の物語』(春秋社)、『悲しみを生きる力に――被害者遺族からあなたへ』(岩波ジュニア新書)、絵本『ずっと つながってるよ こぐまのミシュカのおはなし』(くもん出版)など。ペンネーム入江杏は、被害にあった姪・にいなちゃんと甥・礼くんのアルファベットを組み替えたもの。

入江 杉原さんのお兄さんは報道カメラマンで、妹がいるとは知らずにバス放火事件を撮影されたんですよね。偶然とはいえ、兄妹が報道側と被害者に裂かれてしまった。

杉原 「身内をダシにしてスクープか」と非難されて、兄は報道から去りました。それくらいでやめるのか! と腹が立って、次第に疎遠になりました。

入江 でも今回の本では、お兄さんの写真が大きな役割を果たしていますね。

杉原 あの写真は私にとって「全てを失った瞬間」を捉えたもので、長い間、見たこともなかったんです。でも、NHKの取材後もらった写真をじっと眺めているうちに、体内から不思議な感覚がわんわんと湧いてきたの。「これは喪失ではない。新たな人生の始まった瞬間なんだ。新たな誕生の写真なんだ」と。理屈ではなく「炎を越えた」という感覚が生まれて、それは今も私の中にあります。「お兄ちゃんの写真で乗り越えられたよ」と携帯のショートメールをしたら、兄は「役にたててよかった」と。和解の時をもててよかった。

入江 理屈ではなく、感覚ですか……。私、テレビで杉原さんが新宿西口の事件現場に立ち返ってみるシーンを見て、「ああ、私も世田谷の家に15年ぶりに戻れるかもしれない」と思ったんです。34年前とは変わってしまった新宿のイルミネーションが、本に書かれているように、星が瞬いているようでしたね。そこを歩く杉原さんの姿を見て、自分の気持ちがはっきりした気がします。

杉原 世田谷のお家は今もあるんですか?

入江 ええ、捜査のためもあってそのままです。着のみ着のまま出てきて以来、一度も戻っていません。いつか一緒に帰ろうと言ってくれていた夫はもういないけれど……来年は事件から15年目の節目ですから。

杉原 私も事件後はじめて新宿に行ってみた時は、そそくさと帰ったの。新宿の変わりように、自分がみじめに思えて、挫折感があった。でも忘れ物をしちゃったような気持ちで、また行ったんです。

 結局、私自身に意気地がなかったから、34年の長きにわたったんだと思う。時間がかかったことも含めて後悔はないです。いつまでも同じことばかり書いてと馬鹿にされても書き続けて、今回はじめて事件を越えられたから。だから、人はいつかまた立ち上がれる、それを伝えたいと思っています。

入江 悲しみはそれぞれ違う形だけれど、それを伝えあっていくしかないですね。

 先日、はじめて句会に参加して、以前にお会いした時の杉原さんのことを詠んだんです。素人でお恥ずかしいですが、「ルッコラのピザ切り分けて余命告げ」という句です。そうしたら何の説明もしていないのに高得点で、杉原さんの何かを私が伝えられたんだとしたら嬉しい。人は会えば、伝わるものがある。それを違う誰かにまた伝えていくこともできますよね。

杉原 生きているうちに、またお会いしましょうね。

炎を越えて 新宿西口バス放火事件後三十四年の軌跡
杉原美津子・著

定価:本体1,400円+税 発売日:2014年07月10日

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