- 2014.08.18
- インタビュー・対談
対談 杉原美津子×入江杏
喪失から甦生へ――「新宿西口バス放火事件」と「世田谷一家殺害事件」を語り合う
「本の話」編集部
『炎を越えて 新宿西口バス放火事件後三十四年の軌跡』 (杉原美津子 著)
ジャンル :
#ノンフィクション
炎を越えさせた兄の写真
入江 杉原さんのお兄さんは報道カメラマンで、妹がいるとは知らずにバス放火事件を撮影されたんですよね。偶然とはいえ、兄妹が報道側と被害者に裂かれてしまった。
杉原 「身内をダシにしてスクープか」と非難されて、兄は報道から去りました。それくらいでやめるのか! と腹が立って、次第に疎遠になりました。
入江 でも今回の本では、お兄さんの写真が大きな役割を果たしていますね。
杉原 あの写真は私にとって「全てを失った瞬間」を捉えたもので、長い間、見たこともなかったんです。でも、NHKの取材後もらった写真をじっと眺めているうちに、体内から不思議な感覚がわんわんと湧いてきたの。「これは喪失ではない。新たな人生の始まった瞬間なんだ。新たな誕生の写真なんだ」と。理屈ではなく「炎を越えた」という感覚が生まれて、それは今も私の中にあります。「お兄ちゃんの写真で乗り越えられたよ」と携帯のショートメールをしたら、兄は「役にたててよかった」と。和解の時をもててよかった。
入江 理屈ではなく、感覚ですか……。私、テレビで杉原さんが新宿西口の事件現場に立ち返ってみるシーンを見て、「ああ、私も世田谷の家に15年ぶりに戻れるかもしれない」と思ったんです。34年前とは変わってしまった新宿のイルミネーションが、本に書かれているように、星が瞬いているようでしたね。そこを歩く杉原さんの姿を見て、自分の気持ちがはっきりした気がします。
杉原 世田谷のお家は今もあるんですか?
入江 ええ、捜査のためもあってそのままです。着のみ着のまま出てきて以来、一度も戻っていません。いつか一緒に帰ろうと言ってくれていた夫はもういないけれど……来年は事件から15年目の節目ですから。
杉原 私も事件後はじめて新宿に行ってみた時は、そそくさと帰ったの。新宿の変わりように、自分がみじめに思えて、挫折感があった。でも忘れ物をしちゃったような気持ちで、また行ったんです。
結局、私自身に意気地がなかったから、34年の長きにわたったんだと思う。時間がかかったことも含めて後悔はないです。いつまでも同じことばかり書いてと馬鹿にされても書き続けて、今回はじめて事件を越えられたから。だから、人はいつかまた立ち上がれる、それを伝えたいと思っています。
入江 悲しみはそれぞれ違う形だけれど、それを伝えあっていくしかないですね。
先日、はじめて句会に参加して、以前にお会いした時の杉原さんのことを詠んだんです。素人でお恥ずかしいですが、「ルッコラのピザ切り分けて余命告げ」という句です。そうしたら何の説明もしていないのに高得点で、杉原さんの何かを私が伝えられたんだとしたら嬉しい。人は会えば、伝わるものがある。それを違う誰かにまた伝えていくこともできますよね。
杉原 生きているうちに、またお会いしましょうね。
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