馬場を書いて二十年。彼が九・一の関東大震災の「災後」政治を論じたことと、三・一一の東日本大震災の「災後」政治を論ずることとが、私の中で激しくフラッシュバックした。今こそこの危機の時代に「人物評論」をモノせねばという気分に満たされた。『毎日新聞』は快く私の申し出を受け入れてくれた。そこで毎日のスタッフたちと話し合いながら、この二年間ターゲットを定めてきた。
テーマは「災後」政治を象徴する安倍政権とその周辺を、あくまでも「人物評論」に即して浮き彫りにすることだった。既に「権力の館を歩く」にて、三年間同様のやり方で経験済みであったとはいえ、動かざる館と動いてばかりの人物とでは勝手が全く違った。
捕らえた筈(はず)の人物が、いつのまにやら我が手から離れてずっと向こうに行ってしまっている。さあどうしようと思い悩んだ日々のことばかりが記憶に残っている。
大切なことは風評風聞に惑わされず自らの距離と位置をきちんと定めることにある。そのために取材に全力を集中する。短くとも三十分、長くとも一時間の取材が、我が人物評論の出来栄えを決した。五感を全開にして対座している政治家の発するオーラと周辺の空気を感じとることが、何よりも大切。いくらオーラル・ヒストリーのベテランと称されようとも、それとは全く異なる体験だ。
先(ま)ずはお見合いから入るゆとりはない。一回こっきりで話がズレたらおしまい。だから用意した質問事項など何の役にも立たぬ。毎回その折その場で腰だめのまま銃を撃たねばならなかった。
正直言って、取材の結果がそのまま評論の成果に結びついた。自己採点でも色々ある。ただ今回の経験を通じて感じえたことがひとつ。政治家とは摩訶(まか)不思議な存在である。また厄介な存在でもある。でもフッと見せるホンネの部分とあくまでもタテマエの部分、それらが相俟(ま)って彼等のチャーミングさを醸し出しているのは間違いない。果たして“師”たる馬場恒吾の筆さばきに追いついたか否か。それはまだ分からない。
(「はじめに」より)
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