2015.07.07 書評

人物・人脈から見た安倍政権

文: 御厨 貴

『政治の眼力 永田町「快人・怪物」列伝』 (御厨貴 著)

 政治家を、それも現代を生きる政治家を評するのは難しい。今という自らが生息する時代を、政治家と切り結ぶことによって、言葉でのみ表現する営みだからだ。過去の歴史上の政治家を評するのはその点気楽である。なぜなら相手は多くの場合モノ言えぬ存在だからだ。明治の政治家なぞとても気安い。かく言う私も、明治の元勲、伊藤博文、井上馨、山県有朋、黒田清隆などを、彼等の書翰(しょかん)や意見書などの解析を通じて論評した経験がある。今を去ること四十年近く前のことだ。処女作『明治国家形成と地方経営』(東京大学出版会)で縦横自在に明治の政治家を俎上(そじょう)に載せていたら、『日本政党史論』で著名な政治学の泰斗たる升味準之輔(ますみじゅんのすけ)さんが、「キミは維新の元勲たちを、友人か知人のようになぶる」と驚嘆の声を発したことがある。

 その折の「でも相手は死人に口なしだ。気楽だな」との一言がずっと心に引っかかっていた。現代の政治家をこそ、真っ向から評論の対象にせねばダメだとの思いがつのる。そして今から二十年前、亡くなったばかりの田中角栄を評することができた(『戦後日本の宰相たち』中公文庫)。同時に昭和のリベラルなジャーナリスト馬場恒吾(つねご)の昭和戦前期を生きた政治家への評論が気になり出し、馬場の評伝を描いた(『馬場恒吾の面目』中公文庫)。実は馬場の政治家評論は、甘い、生ぬるいとして、徹底的に相手を批判しつくさない筆法が問題とされた。

 だが馬場には独自の考え方があった。何人もの政治家を取材して得た馬場の心構えは、政治家を評する場合、その人物の真実の所を見定めて何か味がある所を発見できなければ、初めから評しないことにあった。甘いと言われようとも、政治家の個性をその矛盾を含めて描き出し、人間味を評価する。馬場の人物評論の名宛て人はアマチュアの読者であると共に、書かれた当人を含めてプロフェッショナルの政治家なのだ。だからこそ馬場は、直接その本人に面とむかって言うことのできない悪口や批判は決して書かないという流儀を生涯貫いた。

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政治の眼力 永田町「快人・怪物」列伝
御厨貴・著

定価:本体750円+税 発売日:2015年06月19日

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