2009年にオール讀物に初登場した謎の新人・九星鳴の正体は夢枕獏だった――。ベテラン人気作家がなぜ別名義で書いたのか?
10年くらい前から「夢枕獏」とは違うペンネームで書きたいと思っていました。その理由は、基本的には「面白そうだから」というところに尽きますね。ある種の変身願望というか、もう一度デビューしてみたいという気持ちがあったんです。ぼくには本名があって、その本名の人間が、20代で「夢枕獏」として小説を書き始めた。それと同様に、九星鳴は、夢枕という作家人格がデビュー後三十数年たって、違うペンネームを使って書いているという感覚です。
ぼくの作品はシリーズ物が多くて、売れ行きや評判、どういう読まれ方をするのかということがわりと予測できる。「格闘モノはこれくらい、『陰陽師』ならばこれくらい」というふうに先読みできてしまうから、ワクワク感のようなものが多少欲しくなったんです。それで、違うペンネームでやってみたらば、一体どういう反響があるのだろうかというところに興味を持ちました。
いろんな人にポツリポツリとこのアイディアを話して、あるときは、新しい連載を依頼してきた編集者に「新しいペンネームで書かせてもらえませんか?」と、こちらから提案してみたり。でも、みんな「駄目です」って言うんですよ。新しいペンネームで書くということは、まったくの新人という立場であるわけだから、どれくらいの読者がついてくれるか予測がつかない。編集者が躊躇するのは当たり前のことですよね。で、これはたいへんだな、と。夢枕獏に執筆の注文があったときに、それはちゃんとやった上で、「もう1ついかがですか?」と言わないといけない。10本以上の連載を抱えている現状の仕事量を維持しながらやるしかないことがわかったんですね。
捨ててきたものを求めて
いま連載しているシリーズの中で短い一話完結モノは『陰陽師』くらいで、あとは全部10年、20年かけて完結させているものばかり。「長編をやることで捨ててきたもの、置いてきたものがわりとあるなあ」と気づいて、真反対のことがしてみたくなりました。それは、短い話ですね。奇妙な話で、ショート・ショートで。ぼくはわりとロジックを大切にする性質だけど、ロジックを捨てた、奇妙な状況をぽっと投げ出して成立する話をやろうと決めました。
10年前は携帯小説が流行っていたので、「携帯でも読める短い小説」という意味も狙って、携帯の「携」を「K」に変えてタイトルにしようと考えついた。それだけだといわゆるカタカナで書く「ケータイ小説」を引きずってしまうかなという懸念もあったので、単行本化する際に「タイ」を「体」としました。「掌説」の「掌」は「掌編」から来ています。あと、K-1のプロデューサーの石井館長が「K-1のKは、格闘技のK、カンフーのK、喧嘩のK」と言っていたことを思い出して、「K体掌説のKは小噺のK、簡潔のK、奇態のK」と冒頭で説明することにしたんです。
『K体掌説』は、新体字から散文詩のようなものまで、長編には入れられなかった面白いアイディアをぜんぶ盛り込んだという感じの1冊になりました。最初は詩のような雰囲気を味わう文章だけでやろうとしたけれど、それはちょっと読者に対して不親切かなと思って、いわゆるショート・ショートより散文に近い読み物を入れることにしたんです。「タイムマシンの掟」などはむしろ、かなりロジックにこだわった作品で、未来へ行くということは、現在を無限に通過していくということ。すなわち、タイムマシンに乗った人は現在に残っている人の目の前にずっといるという理論ですね。
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