アイディアは日常的にどんどん湧いてくるので、カードに記して置いてあるんです。旅行中にボーっとしているときにポッとでてきたり。『K体掌説』のような本をもう1冊作れるくらいの量のストックはありますよ。それを出してきて目を通してみると、まさに玉石混交、何がなんだか分からないものもある。そういうものを省いていくと、着想の瞬間が蘇るカードに出会うので、「こういう文体で、こういうふうに書こうとしていたんだ」と分かるものを文章にしていく。俳句に近いような気がしますが、俳句のような定型ではありません。『K体掌説』ではアイディアに対して必要な行数を使えるからわりと自由なんです。夢枕獏から九星鳴への頭の切り替えも一瞬でできる。そういうの得意なんですよ。昔から詩が好きで、ずっと読み続けているからかもしれません。宮沢賢治の影響はかなり受けていますね。
年に1回、沖縄県立芸術大学へ行って講義をするんですが、その教室で短い文章を書いたりもします。それを生徒に読ませて、「明日までにこの文章に合うイラストを描いてきてください」と指示を出すと、一生懸命に課題を制作してくる。その中から何点か持ち帰ってオール讀物編集部に送ると、『K体掌説』の扉絵として使ってもらえるんです。 もちろん生徒たちは、ぼくが九星鳴ということを知っているので、「インターネットに書いたりしないでね」と緘口令を敷いていました(笑)。
ペンネームの由来
「九星鳴」って、雰囲気のあるいい名前でしょう? 新しいペンネームをどうしようかと考えていたときに、ふと、「星が鳴く」と書いて星鳴という言葉がひらめいて、下の名前が決まりました。『陰陽師』の安倍晴明と掛けたわけではなく、これは偶然です。それで、上の名前は何だろうと考えているうちに、「樹」と書いて「いつき」とか「いちき」と読ませることに気がついた。「じゃあ、『いちじ○』にしよう」と、「あいうえお」を順に当てはめていったんです。いちじい、いちじう、とかね。「く」までいったときに一番しっくりくると感じて、漢字の「九」一文字で「いちじく」と読ませることにしました。何となく語呂もいいですし、「九」という漢字が好きなんですよ。
九星鳴のプロフィールには1979年生まれとありますが、これは夢枕獏がデビューした年なんです。だから、九星鳴は35歳ということになりますね。また、集英社で出していただいた『ねこひきのオルオラネ』がぼくの最初の本です。それで、出身地は当時、集英社の社屋があった千代田区の一ツ橋ということにしてあります。
いざ『K体掌説』の連載が始まるとなったときに覚悟したのは、新人の原稿料で書かなければならないということですね。実際に、夢枕獏として書くときよりも原稿料がちょっと安いんですよね。ぼくは具体的にいくらなのかは知らないけれども(笑)。九星鳴の名刺を刷るつもりで書いたから、原稿料が安かろうと、印税が安かろうと、ここはあまりこだわらないんです。
新人として書くときに一番困るのは、単行本化するときです。10年前だったら違ったかもしれないけれど、今の出版状況では、新人の本がたくさんの本のなかに埋もれてしまう。原稿料が安いのはいいんですが、これはちょっと困るわけですね。それで、新人よりは少し大きい広告を打つことはできるかと担当編集者に相談したときに、ぼくが夢枕獏であることを明かすことが前提ならば可能だけれども、正体を隠したままでは難しいだろうという話をされました。その流れの中で、「じゃあ、正体を明かしましょう」ということになったんです。
今後、執筆の依頼がきたときは、「どちらのご注文ですか?」と聞かなければいけないですね。依頼があれば喜んで書くので、あとは注文する側の問題です。「『K体掌説』を10本やるなら、『陰陽師』を1本書いてくださいよ」ということなのか……これは難しいなあ(笑)。
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