師弟関係の「厳しさ」
――小説の中ではいくつも印象的な話があります。例えば、鍛えたばかりの刀の切先(きっさき)が飛んで天井に突き刺さりますね。こうしたエピソードも取材の中から生まれたのでしょうか。
あれは河内親方から教えていただいた話です。親方の師匠の人間国宝の方が実際に経験されたそうです。本当に天井に突き刺さっていたとか。それを聞いたときはびっくりしましたね。でも、実際にそういうことがあるからこそ、面白いんだと思います。作りごとを書いてしまうと、とたんに色あせる。そもそも、切先が自然に飛んで天井に突き刺さるなんて話、考えつかない(笑)。
――山本さんが現場に何度も足を運ばれ、見聞きしてきたことが生かされているわけですね。
特に今回の場合は、刀の世界のほうからいろいろな話が押し寄せてきた感じがします。今まで書かれていなかった面白い話が「書いてほしい、書いてほしい」と言っているのではないか、という気すらして、不思議な感覚でした。だからこそ、むしろ作為は働かせずに、押し寄せてきた話をうまく整理して並べたら、自然と物語ができていました。刀の世界には、もともと驚くべき話がたくさんあって、たまたまその扉を開いたら、ドドドッと押し寄せてきた(笑)。
――扉を開いたことこそが、ファインプレーですね。
よくぞこのタイミングで開いたなと、自分でも思います。
――この小説の中では師弟関係もひとつの軸になっていますね。もともとは父親殺しの疑惑をめぐって敵対関係にあった虎徹と正吉(まさきち)は、徐々に信頼関係へと変わっていきます。ただ、師弟関係の「厳しさ」という点では一貫しています。
やはり親方が烏は白と言えば、白いわけです。基本的には絶対服従。河内親方に言われたことで印象的だったのは、「『火天の城』の棟梁は、生ぬるい」ということです。
――十分、厳しいように思いましたが……(笑)。
というのは、『火天の城』で棟梁の息子が、敵の間者と通じてしまっていたでしょう。あそこを評して、「わしの師匠だったら、息子を斬っていたな」とおっしゃった。
――『火天の城』では親子の師弟関係、『いっしん虎徹』では因縁を抱えた師弟関係を描いています。書いていく上で、何か違いを意識された部分はありますか。
親子の場合はやはり、少し情に流されます。でも今回の刀の世界では、情に流されない人間を書こうと思ったんですね。河内親方がおっしゃった「厳しさ」を小説全体にピーンと通して書いたつもりです。
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