- 2015.08.31
- 書評
奇抜な犯罪、意外な真相――現代本格ミステリの旗手の最新作
文:千街 晶之 (ミステリ評論家)
『髑髏の檻』 (ジャック・カーリイ 著/三角和代 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
冒頭、カーソンはボビー・リー・クレイラインという囚人に対する催眠術の実験に立ち会うことになる。ボビー・リーは格闘技団体の選手だったが、彼に勝利を収めた選手を監禁した罪で逮捕されており、他にも数人を殺害しているらしい。凶悪なボビー・リーに催眠術をかけたら何が起こるかわからないというカーソンの反対を押し切って実験は始められたが、案の定、ボビー・リーは実験のあと、護送中にまんまと脱走してしまう。
それから数カ月後、カーソンは休暇をとってケンタッキーの山間へ向かった。キャビンに滞在し、ロック・クライミングや愛犬との山歩きなどを楽しむカーソン。しかし、休暇をとれば事件に巻き込まれるのが、ミステリに登場する名探偵の宿命(?)。携帯電話から聞こえてきた、事件発生を告げる女性の声を頼りに、キャビンから四マイルほど離れた空き家へ向かったカーソンは、世にも異様な惨死体を発見し、その場で警察官たちに取り押さえられてしまうが、たまたま地元の刑事ドナ・チェリーが、カーソンも執筆に参加した『逮捕した刑事の綴るシリアル・キラー』という著書を読んでいたおかげで刑事だと証明される(ここで言及される「マーズデン・ヘクスキャンプとその信者たちの事件」というのは『デス・コレクターズ』でカーソンが解決した事件のことである)。カーソンは、携帯電話から聞こえた声はチェリーのものだと指摘するが、彼女は全く心当たりがない様子だ。今回の事件は、GPSを使った宝探しサイトの座標に死体を配置する連続殺人の二件目らしい。第一の事件では、トラックの下敷きになっている男の死体が発見されたのだ。そして、サイトの座標の示す場所で第三の死体が見つかる……。
本書には、シリーズ旧作のうち『ブラッド・ブラザー』と共通する部分が二つ存在する。ひとつは、カーソンがモビール市以外の地で捜査にあたるため、相棒のハリーから離れて単独行動をとる点である。ただし、『ブラッド・ブラザー』の舞台が大都市ニューヨークだったのに対し、今回の舞台は大自然の中の田舎町だ(著者が生まれたニューポートはケンタッキー州北部のキャンベル郡にあるが、本書の舞台ウーズリー郡は州の中央やや東寄りに位置し、アパラチア高原に存在する。著者はこの地に執筆用のキャビンを所有している)。余所者であるカーソンが捜査から疎外されるのは当然の流れとして、チェリー刑事が属する東部ケンタッキー合同法執行局のほかに現地の保安官がおり、捜査系統が不統一な上、途中からFBIの特別捜査官が乗り込んできて、チェリーまでも捜査の蚊帳(かや)の外へ追いやられてしまう。最初の出会い方は最悪だったカーソンとチェリーだが、疎外された者同士で共同戦線を組み、事件の真相に迫ることとなる。そして、このシリーズを読んできた方ならご存じの通り、カーソンは作品によって恋愛の相手が変わるキャラだ(例外として『イン・ザ・ブラッド』にはヒロインが登場しなかったが)。では本書のチェリーとはどういう関係になるのか……といったあたりも、シリーズのファンにとっては気になるところだろう。
もうひとつ『ブラッド・ブラザー』と共通するのは、カーソンの兄ジェレミーが事件に介入してくる点だ。行方不明になっていたジェレミーが本書で再びカーソンの前に姿を現すということはここに記しても構わないだろうが、登場のタイミングはかなり意外で、カーソンならずとも驚かされるに違いない。ジェレミーがカリスマ性の持ち主であり、さまざまな特技を披露することは先述の通りだが、本書での彼の言動は得体の知れなさと同時にお茶目さも感じさせる。一方のカーソンの言動も、後半、空想の中の兄に対してあることをするくだりは思わず笑ってしまった。本人たちは絶対自覚していないと思うけれども、この兄弟が揃うと傍目にはどこか可笑しさが漂う。
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