- 2013.09.06
- 書評
『ポーカー・レッスン』解説
文:文春文庫編集部
『ポーカー・レッスン』 (ジェフリー・ディーヴァー 著 池田真紀子 訳)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
例えば本作収録の「通勤列車」。郊外からニューヨーク市までの通勤列車中の平凡な風景がほとんどを占めるので、都会小説風の小品かと思わせますが、そこはジェフリー・ディーヴァー、後半から急転直下、意外な展開が連続します。何の変哲もない光景から、騙し絵のように「ミステリ」を浮かび上がらせる手口は、日本の巨匠・泡坂妻夫の名編を思わせるほど。ジェフリー・ディーヴァーが生み出すミステリのトリッキーさが日本のミステリ・ファンに親しみやすい性質のものだと言うのは、この作品をお読みになれば納得いただけると思います。
本書の「序文」でディーヴァーは、ライム・シリーズ第五作『魔術師(イリュージョニスト)』(文春文庫上下)の取材を通じて、作家としての自分のテクニックが奇術師のそれと似ていることに気づいた、と記しています。奇術の基本的なテクニックに「誤導 ミスディレクション」というものがあります。奇術のタネから観客の注意をそらす技のことですが、ディーヴァーのドンデン返しの見事さは、このミスディレクションの巧みさにあります。「通勤列車」や、本書中でページあたりのドンデン返し数が最多だろう「36.6度」などを読むと、こちらの注意を自在に操作する手腕に唸らされます。
ミステリ史上で、ミスディレクションの巧みさといえば《欺しの天才》の異名を持つアガサ・クリスティーが筆頭に挙がります。また、さきほど名前を挙げた泡坂妻夫は、「厚川昌男」として知られる一流の奇術師でもありました。彼ら日英の「欺しの天才」たちに直結する才能を持つ現代作家がジェフリー・ディーヴァーなのです。そして本書『ポーカー・レッスン』は、そんな欺しの天才ぶりを遺憾なく見せるショーケースと言えるでしょう。
すでにディーヴァーの名手ぶりをご存じのかたには、その大いなる期待に応えてあまりある至福の一冊として、まだディーヴァーを読んだことのないかたには、日本のミステリの快楽に通じる第一級の驚愕と欺しを満載した一冊として、楽しんでいただけるものと思います。
ポーカー・レッスン
発売日:2014年10月30日
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