大村 「鬼平」は突如出たのではなく、入念なウォーミングアップがあったわけですね。直木賞五回目の候補になった「秘図」の徳山五兵衛も火付盗賊改方のお頭でしょ。それまでの、いわゆる「捕物帳」の町奉行とは違う長官をもってきて、自由に動かしたいという構想があったと思います。
そこまでくるのに、池波さんにも紆余曲折がありますよ。新国劇の芝居脚本から小説に移り、自分の鉱脈を見つけるために、いろいろな題材に手を出さざるを得ない。初期の短篇を見てみると苦労している。それが、「鬼平」という鉱脈にぶつかって、ブレイクした。
川野 この頃、文体も変わってきたというのも大きいです。この座談会のために読み返してみて、しみじみ、池波さんはうまいなあと思いました。易しい言葉遣いで、何も難しいことは書いてない。にもかかわらず、一行か二行で鮮やかに状況の説明が出来てしまっている。晩年のインタビューで、自分の文体は芝居の科白(せりふ)が基になっている、ということをおっしゃってますね。
大村 新国劇の舞台脚本から仕込んだものですよね。改行を多くして。
川野 科白が一行あって、次に地の文が一行。この転換がすごいんです。離れているように見える一行と一行が実は繋がっていて、話の奥行が見えてくるという。
花田 昭和三十五年に「錯乱」で直木賞をおとりになってからも、すぐに人気が出たというわけではなかったですからね。「オール讀物」でも年に一、二度、短篇をお願いするくらいでした。
大村 小説を書き始めてから十数年たっていて、その中間地点で受賞している。仇討ちもの、戦国もの、幕末維新ものなど、いろいろおやりになり、結局「鬼平」へと収斂し(しゅうれん)ていく。
川野 作品を書くにあたっての池波さんの仕込みや勉強は大変なものですよね。直木賞をおとりになってからも、短い枚数の中に沢山の知識を詰め込みたいがために、硬い文体になっていて、世話ものが書けないとか言われていた。それが、だんだんと「間」をとれるようになってきた。
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