書評

人の心の美しさを現代に問う小説世界

文: 澤田 瞳子 (作家)

『山桜記』 (葉室麟 著)

「花の陰」において、三十九万石の大名になることよりも、夫婦が共に生きることこそ喜びと考えた細川忠隆と妻・千世は、最終的には二人の間に生まれた娘たちの行く末を思い、遂には離縁に至る。互いを愛おしむ思いを貫いた末、別の道を歩み始める二人。満開の花が風に誘われて散るが如きその別離は、凛然として美しく、そして一点曇りのない青天を思わせる澄んだ真情に満たされているではないか。ちりぬべき時、という言葉の重みが、じわじわと胸に迫ってくる。

 ところでフリードリヒ・エンゲルスが『家族・私有財産・国家の起源』で言及した如く、女性の男性への従属は、家父長制家族の成立によって始まると考えるのが一般的である。日本における家父長制の確立をどの時代に置くのかは、現在も様々な議論があるが、女性の財産所有権が衰退し、妻が夫の家の姓を名乗る「家名」が成立する中世後期と考える説が主流であるようだ。

 だが実のところ日本では、江戸時代に至っても夫婦は異なる財産を所有し続けており、女性が完全に男性に従属していたとは見なし難い。

 事実、諸藩大名家の奥方は家内の紛争解決や近隣諸家との交流を一手に担い、「内政」を預かることで、自藩と夫を支えていた。それは商家や富農においても似たり寄ったりであったし、おそらく「内」を支える女性たちはみな、現代女性にも劣らぬほど気丈だったに違いない。

 しかし今日、日本人は武家社会における女性像を画一化し、御家のためであれば我が身を惜しまぬ従順な女性しかいなかったかのように考えがちである。こういった女性像は明治期以降に広まった資本主義的家父長制によって蔓延したとも言え、葉室氏の作品に見られる気骨のある女性たちは、当時においては決して珍しくなかったことを、我々は認識しておかねばならない。

 とはいえもちろん葉室氏は、作中でこんなややこしい女性論を振りかざしたりはしない。だが『山桜記』に登場する女性たちは、時代の激しいうねりの中でもまっすぐに顔を上げ、自らが信じる道を突き進む。

 そんな端然たる女たちを描くことで、葉室氏は我々が知らず知らずのうちに信じてきた女性像の転換を迫るとともに、いつの世も変わらぬ人の心の美しさを現代に問うておられるのではなかろうか。

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山桜記
葉室麟・著

定価:本体600円+税 発売日:2016年07月08日

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