書評

人の心の美しさを現代に問う小説世界

文: 澤田 瞳子 (作家)

『山桜記』 (葉室麟 著)

 昨今、時代・歴史小説の分野では、江戸や京都といった当時の「中央」を舞台とする作品が増えており、たとえば戦国という群雄割拠の時代を扱った作品でも、どこかに「中央」への眼差しを留めた作品が大半である。

 そんな中で北九州小倉出身の葉室氏は、豊後・羽根藩を舞台とする直木賞受賞作『蜩ノ記』を筆頭に、テレビドラマにもなった『銀漢の賦』、平安時代、壱岐・対馬を蹂躙した異民族との戦いを描いた『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』など、九州を舞台とした作品を多く発表し続けておられる。

 山口県在住の作家・古川薫氏は、かつて福岡県在住の白石一郎と佐賀県在住の滝口康彦、それに古川氏を併せた三人を東京の編集者が「西国三人衆」と呼んだのは、遅咲きの小説家に対する揶揄と哀れみと親しみを込めた「尊称」だったと述べる。さりながら私は三人の作家に与えられたその呼称には、郷土愛というものを宿命的に持たぬ「中央」の人間の自嘲と羨望が、ありありと沁み出している気がしてならない。

 かつて吉川英治は随想の中で、日本の国民性は郷土愛と歴史性なくしては成り立たないと主張し、

「少なくとも大衆文学の稍々(やや)優れたものと、常に心懸けのいい作家というものは、郷土性、所謂郷土文学というものには、関心を多分に持っていると思っている。そこにも僕は大衆文学の特殊性があると思っている。要するに、今日の大衆文学というものは一方、反省の文学であると同時に、郷土的なものでありたいという事を僕は望んでいるものである」

 と、時代小説における「地方」の重要性を説いた。

 きっと直接、葉室氏にこんなことを聞けば、氏ははにかんで「そんなことはないですよ」と仰るだろう。

 しかし吉川英治のこの一文に触れる都度、わたしは葉室氏は日本人が歴史の中で見失った人間の実像を追うために、あえて「地方」を描き続けておられるのではないかと考えてしまう。そう、「武家社会」という言葉に埋もれた女性たちの姿を、美しい物語の中に鮮やかに甦らせたように。

「ぎんぎんじょ」において、慶誾は嫁である彦鶴に穏やかで慎み深くあれと教え諭す。きっと今、我々読者は本作を通じ、葉室氏から歴史に埋もれた人々の真情を知れと静かに諭されているのに違いない。

山桜記
葉室麟・著

定価:本体600円+税 発売日:2016年07月08日

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