この凄い2試合を実際に経験した松井は幸せである。
そしてイチローがあのときわざわざ名古屋に駆けつけ、焼きそばを食べながらこの勝負に見入った理由もよく判る。イチローはそんな痺れるような勝負がしたいからこそ住み慣れたシアトル・マリナーズから、後のない勝負を求めてヤンキースに移籍してきた。
そのイチローの心情もよく判るのだ。
過去にもV9最後の年となった73年の阪神対巨人戦、「10・19」として知られる88年の近鉄とロッテの死闘など、最終戦まで優勝の行方がもつれたケースは何度かあった。
しかし2チームがまったく同率で並び、ともにシーズン最後の1試合でぶつかり雌雄を決するという「10・8決戦」のシチュエーションは、プロ野球史上では過去にもなく、今後もおそらく起こりえない。
その背景にはこの年、セ・リーグは延長15回、時間制限なしという完全決着に近い試合制度を採用しており、シーズンを通じて引き分けが1試合もなかったことがあった。
「引き分けなんてママとダンスを踊っているようなものだ」
かつて巨人でプレーしたウォーレン・クロマティは、日本の引き分け制度を揶揄して、こう嘲笑した。
しかし01年以降、延長は12回となり、さらに東日本大震災による電力問題から時間制限制度の併用も採用されるに至り、12年のセ・リーグの引き分け試合(交流戦はのぞく)は35試合にも上っている。電力問題に青少年の教育問題、帰宅の交通事情などもあるだろうが、やはり引き分け制度が、プロ野球の勝負とペナントレースのドラマ性を明らかに削いでいるのである。そして引き分けがある限り「10・8決戦」を凌ぐ試合は、制度的にも今後はあり得ないということになる。
そんな凄い試合を何とか、もう一度、詳細に取材して、試合とそこに関わった人々の思いを、記録としてとどめておきたい。そう思って関係者のみなさんにお話を聞かせて頂いた。
長嶋茂雄、高木守道両監督を筆頭に、当時の選手や関係者、メディアとしてかかわった人々、この本に名前の出てくる人だけではなく、陰で支えてくださった多くの方々……、そうした人々のご協力なくして一冊の本にまとめあげることはできなかったのは言うまでもない。この場を借りて改めて感謝の意を表したい。
なお、本書タイトル『10・8 巨人vs.中日 史上最高の決戦』については、中日主催試合であるため「中日vs.巨人」とするのが正しいというご指摘を受けたが、NPBに残るこの試合の公式記録の表記に従い、「巨人vs.中日」とした。
(「あとがき」より)
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