真田幸村がこれだけ日本人の心に英雄として根付いているのは、大坂夏の陣での徳川家康をあと一歩まで追い詰めた活躍があまりにも強烈であったがためであり、逆にあの時、もし家康を討ち取っていたら、その後の歴史がどう変わっていたとしても(あまり変わっていないと思うが)「徳川家康を討ち取った単なる一武将」として歴史の中に埋没していたかもしれない。そういった意味ではそれだけ日本人には悲劇的なヒーローとしての幸村が愛されているのである。
逆にそれ以前の幸村は、本書でもふれられているが、大坂の陣まで歴史上の表舞台にほぼ一度も出てこない武将であり、「若くして真田家に幸村あり」などとはその時代の誰も思わなかったに違いない。真田家の中心はあくまで、父昌幸であることが間違いないであろうし、その後の真田家の主流は兄信之になるのである。本書においても幸村が主語として登場するのは、大坂の陣もしくはその前の九度山村に幽閉されている時代からである。それまで表舞台にいない人物だからこそ、大坂の陣からの足跡を、時代を遡る形で幸村の物語がさまざまな日本人の心を掴むに都合の良いように創られてきた。だからこそ私のような幸村愛に満ちた数多くのファンがいるのだろう。
著者は冒頭に「この『非凡なる凡人』の人間性とその一生をできるだけ史料にもとづいて書いてみたいと思う」と切り出しているが、最後に「“英雄”真田幸村」という章で締めくくっているところに著者の並々ならぬ「真田幸村」への「愛」を感じる。
来年1月からは大河ドラマでいよいよ「真田丸」がはじまる。脚本が三谷幸喜氏だけに奇想天外な幸村か、もしくは史実に基づいた幸村か、どちらが登場するかはわからないが、いずれにしても、「幸村愛」に満ちた著者が書いたこの評伝は押さえておきたい。
それにしてもおよそ36年前の本を新刊として読めるとは。と思うと遠ざかっていた神田神保町の古書店街が懐かしくなってきた。それではちょっと行ってきます。
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