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「軍鶏侍」から「ご隠居さん」へ

「軍鶏侍」から「ご隠居さん」へ

文:柳家 小満ん (落語家)

『ご隠居さん』 (野口卓 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 第三話は「皿屋敷の真実」で、やはり川柳に、

   鏡磨ぎお菊が事をはなしかけ

 というのがあるが、「お菊の皿」の話題を大きく膨らませて幾つにも散らし、最後に枝垂(しだ)れになる花火のような展開を見せてくれる。又この章では鏡作りの工程も述べられているので、お浚いのつもりで中抜きで書き写してみる。

(略)鏡面は真っ平だが、裏面に文様が彫られている。文様の盛りあがりは、雌型では窪みとなっていた。粘土に箆(へら)で直接に描いていくのだが、これに多大な時間が取られる。

 完成後、この雌型に鎔(と)かした純良な白銅を注いで鋳造するのだ。雌型を壊して鏡を取り出し、鏡面を磨いて作るので、一点かぎりとなる。これが誂(あつらえ)だ。

 完成した鏡を粘土の上に置き、足で強く踏みつけて陰刻鋳型をいくつも作り、乾かして銅を流しこむと無数の複製が作れる。(略)

「誂」から複製したのが「似(にたり)」で、ほぼ誂に似ているとの意味である。さらに複製すれば「紛(まがえ)」、次が「本間(ほんま)」、「又(また)」、「並(なみ)」、「彦(ひこ)」と七段階に複製されるが、次第に粗悪になるのはやむを得ない。(略)

 鏡は主(おも)鏡と合わせ鏡が二面一組として扱われるが、誂は二面で二十両くらい、それが最下位の彦では一分と、八十分の一になってしまうのである。

 ちなみに第二位の「似」は三両で、一点ものの「誂」がいかに値打ちがあるか、わかろうというものだ。……という次第である。

 次の「熊胆殺人事件」は、ご大身(たいしん)の旗本の殿様が話し相手で、熊の胆(い)売り殺人事件の一件落着までの活写な語りに、殿様が梟助の素性を詮索して、

「こういうのはどうだ。武家の生まれで、止むを得ぬ事情で商家に婿入りし、これまたなにかの理由で、その座を投げ出し鏡磨ぎになった。突飛すぎるか」

 との推理には梟助も内心舌を巻いている。

   熊胆は薬種の中の国家老

 朝鮮人参が藩主なら、熊胆は国家老といったところだろう。

 第五話の「椿の秘密」は、八百歳まで生きて肌も麗(うるわ)しかったという、若狭(わかさ)の八百比丘尼(やおびくに)に因んだ幻想物である。川柳には、

   若狭の比丘尼八百は嘘でなし

 とある。

 第六話の「庭蟹は、ちと」で梟助の素性がはっきりする。それは倅(せがれ)の梟太郎に問い詰められての述懐であった。そしてこれまでの章にも幾つも落語が要領よく紹介されているが、この〆(しめ)の章では小咄(こばなし)「庭蟹」を乙な言葉として使ってくれている。

   惜しいかな洒落の分からぬ男にて

 という川柳が「庭蟹」の端的な穿ちだ。

 以上、川柳に頼っての駄文と成ってしまった。それにしても野口さん、寄席の効用と落語のお薦めを有難う。

『ご隠居さん』続編を楽しみにしております。

   彦なれど鏡の裏に梅の花   小満ん

ご隠居さん
野口卓・著

定価:本体640円+税 発売日:2015年04月10日

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