- 2016.01.03
- 書評
巨石遺跡に秘められた太古の記憶とは!? 20年ぶりに復活した幻の傑作群
文:澤島 優子 (フリー編集・ライター)
『石の記憶』 (高橋克彦 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
「日本繚乱」の第一話は七回で終了した。このペースだと、一年に一~二話が精一杯だから、四七話を書き上げるまでには二五年から三〇年はかかる計算になる。でも大丈夫。私は二〇代だし、先生だって四〇代後半である。時間は無尽蔵にあると思っていた。
続けて第二話「東京都新宿区左門町児童公園」が始まった。ご存じ四谷怪談の舞台である。先生は、鶴屋南北が描いた「東海道四谷怪談」とは違う、お岩の真実の姿を伝える物語を書きたいと張り切っていらした。怖い話が苦手な私は、ドキドキしながら原稿を待った。ある日、出社した私の顔を見た先輩編集者から、「顔、どうしたの?」と聞かれて洗面所の鏡で見てみたら、顔の右側がただれたように赤くガサガサに荒れていた、というエピソードはまた別の話。とにかく連載は順調に続いていった。しかし、第二話第四回を掲載した号を最後に、「野性時代」は社の方針で休刊となってしまったのである。
お岩の真実の物語も「日本繚乱」シリーズもそこで中断し、再開の機会もないまま二〇年もの月日が流れてしまった。つまり、本書に収録された「石の記憶」は、未完に終わった「日本繚乱」というシリーズの第一話、「秋田県」を舞台とした物語だったのである。ストーンサークルの記憶を読むことができる秋田県の人がつくづくうらやましい。
今回、この原稿を書くに当たって、「石の記憶」と、中断されたままの第二話を読み返して、改めて自分のふがいなさを恥じた。たとえ雑誌がなくなっても、他の媒体を見つけるなり、他の会社に持ち込むなり、「日本繚乱」の連載を続けるために最大限の努力をするべきだった。あのまま連載が続いていれば、今頃は四七都道府県の半分くらいは完成していたにちがいない。「長い目でおつきあいいただきたい」と読者に熱く語りかけていらした先生にも、本当に申し訳ないことをしてしまった。無力にあきらめた自分が情けない。
しかし、過ぎてしまった時間を悔やんでいても仕方がない。先生はその後も数多くの作品を世に問い続けていらっしゃるのだし、それはある意味、形を変えた「日本繚乱」シリーズと言っていいのかもしれない。とにかく今は、唯一完成している第一話だけでもこうして世に出ることが叶った現実を素直に喜びたいと思う。
この二〇年の間に、日本という国は加速度的に変化してきた。新しいシステム、大きな自然災害、社会を揺るがす大事件……土地の記憶はいくども塗り替えられたことだろう。二〇年前にはなかった地方へも新幹線は延び、私の故郷、富山にも東京から気軽に行けるようになった。飛行機が苦手な先生と、のんびり列車に乗って取材に出かけてみたかった。火明継比古は私の生まれた町で、いったいどんな物語を見せてくれただろうか。
ふと、私は今も巨大な日本地図に乗って宇宙空間を漂っているのではないかと思う。「日本繚乱」という見果てぬ夢を胸に抱いて、長い長い旅を続けているのだ。
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