2004.10.20 書評

〈特集〉宮城谷「三国志」
後漢という時代

文: 宮城谷 昌光 (作家)

『三国志』 (宮城谷昌光 著)

〈特集〉宮城谷「三国志」
・後漢という時代 宮城谷昌光
「三国志」の美将たち――『正史三国志』から『三国志演義』へ 井波律子
主要登場人物
後漢王朝皇帝全十四代在位一覧・後漢帝室系図

『三国志 第一巻』 (宮城谷昌光 著)

 曹操(そうそう)・袁紹(えんしょう)・袁術(えんじゅつ)・孫堅(そんけん)・孫策(そんさく)・公孫【王+賛】(こうそんさん)・劉備(りゅうび)・呂布(りょふ)などが活躍するのが三国時代であると誤解している人は寡(すく)なくない、とおもわれる。

 が、それら群雄のなかで三国時代まで生きていたのは、劉備ただひとりである。したがって三国時代の人を正確に書くのであれば、三国<魏(ぎ)、呉(ご)、蜀(しょく)>がのこらず皇帝を立て、年号を建てた西暦二二二年からはじめなければならない。ちなみに中国史の年表は、曹操の子の曹丕(そうひ)が帝位に即いた二二〇年を三国時代の開始とする。魏の初代皇帝は曹丕であり、蜀が劉備、呉が孫権(そんけん)であるのだが、劉備は二二三年の四月に死去してしまうので、三国時代は曹丕、劉禅(りゅうぜん)、孫権が鼎立(ていりつ)する治乱の歴史であると想うべきなのである。

 しかしながら正史の『三国志』を書いた晋(しん)の陳寿(ちんじゅ)は、前漢の司馬遷が発明したといってよい紀伝体という歴史記述の手法を継承したので、時代を精密に区切らなかった。のちにその正史におびただしい注をつけて、歴史を豊潤なものとした裴松之(はいしょうし)が、「『三国志注』を上(たてまつ)る表」のなかで、

「三国の歴年は長くはありませんが、事件が漢代から晋代までつながっており、最初から最後までとりあつかうと、百載(さい=年)にわたるということになります」

 と、述べているように、六十年間の三国時代が百年という延袤(えんぼう)をもつことになった。その裴松之の注のついた『三国志』を、日本でも、平安の貴族や室町の五山の儒僧たちが読んでいたにちがいないが、庶民にはそのおもしろさが知られることはなかった。読書の状況は中国でも似たようなものであったろう。

 ところが明(みん)の中期に『三国志演義』が完成されると、状況は一変した。演義とは、歴史小説であると想えばよい。が、多分に講談調である。それが大衆にうけにうけて、人々は『三国志演義』を通して、時代と人を熱烈なまなざしで視るようになった。その『三国志演義』が最初に日本語に訳されて出版されたのは元禄二年であるらしい。以来、日本でも『三国志』を愛読する人がふえにふえたのだが、正確にいうと『三国志演義』ばかりを読んで、正史の『三国志』を知らない人が多い。いや、他人(ひと)を嗤(わら)うことはできない。私がそうであった。

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三国志 第一巻
宮城谷昌光・著

定価:本体620円+税 発売日:2008年10月10日

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