時代小説の言葉とルビ
出久根 私が時代小説を読むようになった理由のひとつは、茨城弁なんです。本人にはそのつもりはなくても、「だっぺえ!」と語尾がきつい感じで上がるので、古本屋の小僧になってから、お客様から怒られているようだと苦情がきましてね。その訛りを直すために、子母澤寛の時代小説を読めばいいんじゃないかと思った。子母澤寛は彰義隊崩れのお祖父さんに育てられ、東京の言葉に通じる江戸弁を小説中でも使っています。それから横浜生まれですが、長谷川伸の作品は戯曲でセリフが多いから、言葉を覚えるのにちょうどよかった。あの頃、いわゆる江戸弁を使っているお年寄りはたくさんいたんですよ。東京オリンピックの前までは、言葉だけでなく、建物にしても、まだまだ都内に江戸の名残がありましたね。
菊池 最近の書き下ろし文庫を読んでいると、言葉がやけに現代風のことがあって、我々の年代からするとかなり違和感を覚えます。大正12年生まれの池波さんも、日本橋の上に高速道路を造るなんて日本人のやることじゃない、とエッセイに書かれていますが、やはり昭和39年の東京オリンピックは時代の変わり目だったのかもしれません。私の祖父の家は浅草の近くにあり、中里介山の『大菩薩峠』や長谷川伸の本がいっぱいあった。でも、母親から「これからの人間はこんなもんを読むんじゃない」と言われ(笑)、祖父の本棚には触らせてもらえませんでした。
中野 うちの家でも、親父が持っていたのは岩波新書や、僕らには読めそうにない全集ばかりでした。
市川 私の父も本好きでしたが、いわゆる時代小説はあまり読んでいなかったように思います。藤沢周平さんは持っていましたけれど、中・高時代にチャレンジした時は「なんてつまらないんだろう」と思ってしまった(笑)。ただ、当時、吉川英治の『宮本武蔵』を文庫で読みました。昔の小説でいいのは、全部ルビがふってあること。言葉は分からなくてもスラスラ読めちゃう。
出久根 僕は時代小説は総ルビでもいいと思っているんですよ。どんどん時代小説からルビがなくなって、雰囲気も同時に失われた気がします。時代小説で我々は歴史や人物伝を勉強させてもらうわけだけど、それだけに誰もが読める形をとったほうがいい。純文学とは違うわけですからね。
鈴木 ルビといえば、『鬼平犯科帳』を担当した時ですが、池波さんはルビを結構ふってくるんですよ。それがオール讀物に掲載されている他の作品に比べてやたらに多いので、勝手に編集部でとったりもしました。怒られたことはなかったけれど、いま考えると勝手なことをしていたものだと思います(笑)。
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