しかし「アイドル」を自称しながら生きるには、もっと強烈な覚悟が必要です。何千、何万という男性達の精神的射精を受け続けてもなお笑顔であり続ける、すなわち精神の娼婦性を持ちつつも、実際の行動としては処女性を保ち続けなくてはならない。そのギャップにつまずいてしまった者は、ネット上でしたたかに叩かれることになるのです。
ギャップを楽しむことこそ、アイドルとして生きる醍醐味なのかもしれません。しかし歌って踊ることだけが純粋に好きな愛子は、もやもやとした気持ちを、次第に膨らませていくようになるのでした。
愛子達のグループ・NEXT YOUの目標は、武道館でライブを行うことです。ネットで見たい映像をすぐに無料で見られる今であるからこそ、ライブの価値は上がっています。同じ時間を同じ空間で共有するという実感が、より貴重なものとなっているのでしょう。
じりじりと目標に近づく、NEXT YOU。同時に愛子は、ライブで得られる実感とはまた別の実感を求めている自分に、気がついてしまうのです。果たして愛子は、どちらの実感を選び取ることになるのか……。
アイドルになる女の子達は、幼い頃から自分の道を自分で選んでいるのでした。アイドル達が何を選択するかを、ファン達は楽しみ、消費することになる。
しかしアイドルはそれ以前に、他者から選ばれる立場にあります。大人達から選ばれることによってアイドルになり、なったらなったでグループの中でより多くのファンから選ばれるべく努力を続けなくてはなりません。「選択される側」として存在し続け、選ばれることにすり減ってしまった少女にとって、「自分で選ぶこと」は、一つの復讐なのであり、「武道館」は見事な復讐劇となっている。
アイドル達の心理を描く著者の視線は、性差を超えて冷徹です。しかしその冷徹さによって見通したものは、人間という生き物の熱さと弱さ。都会で浮遊するアイドルという生き物が、実は何かとつながっていることを、そしてつながりたいのだということを、見事に描き出しました。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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