デビュー作『粘膜人間』をはじめとする「粘膜シリーズ」で、一部読者から熱狂的な支持を受ける作家、飴村行。彼が大学を中退してからホラー小説大賞を受賞するまでには、聞くものすべてを驚愕、のち爆笑させる暗黒の「派遣工時代」があった。 まるで現代の『蟹工船』のような日々を綴ったエッセイ集『粘膜黙示録』(2月10日発売)より、その一部を公開。ひがみ根性満載の飴村節をお楽しみください。
第1回「革命前夜」
革命について真剣に考えたことがある。一九九七年のことだ。
当時僕は二十八歳で、大宮市(現さいたま市)在住だった。私立の歯科大学を中退後、プロの漫画家になるため数年前に千葉市から転居していた。住んでいたアパートは駅から徒歩十五分の住宅街にある鉄筋コンクリート四階建で、六畳のリビングとキッチン、ユニットバスがついて家賃は月六万だった。当時の大宮の相場としては高めだったが、リビングが南向きの三階というところが気に入り、即決した。
収入源は一日一件のバイト代のみで、あとは学生時代の僅かな蓄え(ほとんどが仕送りをこつこつと貯めたもの)があるのみだったが、不安は皆無だった。自分は才気に満ち溢れた気鋭のアーティストそのものであり、まだ世間に知られていないだけのプロのMANGA家(英字表記なのは世界的名声を獲得するという大前提があったため)なのだと信じて疑わなかったからだ。
わざわざ知り合いのいない埼玉に越したのも空き時間の全てを創作活動に注ぎ込むためであり、一年後の年末までには有名青年誌でメジャーデビューを果たし、九〇年代のサブカルの一翼を担う新星として『宝島』的な雑誌で紹介されているに違いないと確信していた。そのため予定(夢や計画などという曖昧な認識はなかった)の実現をより早めるため就寝前には必ずナポレオン・ヒルの著書を熟読した後、三十分ほど掛けて入念なイメージトレーニングまで行っていた。
結果は二か月後に出た。果たして『思考』は実現したか? 答えはノー、ドイツ語でナイン。実現するどころか、真逆の形となって眼前に現れた。
昼夜を問わず必死で描き上げた十八枚の『不条理ギャグMANGA』は、わずか二十秒ほどの『査定』で不採用となった。頭を横に振りながら原稿を突き返す編集長の、本当につまらなそうな硬い表情を見た時、僕の頭の中で何かが音を立てて弾け飛んだ。
どれだけショックだったかというと、その小さな出版社を辞した後、自分がどうやって千代田区三崎町の裏通りから大宮市土手町の住宅街まで辿り着いたのか未だに思い出せない。電車だったのかもしれないしヒッチハイクだったのかもしれないし徒歩だったのかもしれない。その夜はどれだけ飲んでもなかなか酔わず、やっとほろ酔いになったと思ったら激しい怒りが込み上げてきた。勿論ナポレオン・ヒルに対してだ。「詐欺師野郎」と叫びながら彼の著作を引き裂いてゴミ箱に投げ捨て、さらに自棄酒(やけざけ)を呷(あお)ったが、なぜかあの編集長に対しては怒りよりも不気味さを覚えた。今思えばそれは、無自覚だった自分の『病巣』を医師から冷酷に知らされた患者の心境に近かったと思う。
結果的にその『診断』は正しく、僕はその一件で完全に戦意を喪失し、一年後にはGペンを持つ気力さえなくなった。
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