最初に取り上げられているのは、八〇年代のとくにアラブとイスラエルを中心とする国際問題である。山本七平はそれを南北問題という見方で切っている。これを読むと、時代の推移をしみじみ感じる。私はいわゆるイスラム国をオウム真理教事件に相似だと考えている。だれに頼まれたというわけでもなく、国家を擬制しテロに走る。そこが根本的に似ている。その意味では日本の国内がいまでは国際に変わったらしい。逆に南北問題は国際問題というより、各国内部の問題として、格差問題と呼ばれるようになってきた。山本七平に現在の状況を論じさせたら、どういうだろうか。そんなことを思いながら、私は読んだ。
この作品には一般的な教訓が多く含まれている。たとえば常識に関連すると私が思う部分を引用してみよう。「強い敵意と違和感のため、相手が絶対に受けつけないメッセージを、いかにして相手に伝えるか。その方法は一つしかない。これは多神教のローマに進出した初代キリスト教徒が迫害と殉教の中で会得した方法で、その第一歩は『相手が意識していない相手の前提を的確に把握し、まずそれを破壊すること』である。」
これを現在の日韓関係や日中関係に当てはめたら、どうなるであろうか。多くの人たちに、よく考えてほしいと思う。もっともローマのキリスト教徒はそうしなければ生きられないから、そうしたのである。われわれは明らかにそこまで真剣になる状況には置かれていない。この前の戦争でも、中国はまさに本土決戦を敢行したが、わが国は沖縄までで手を挙げた。
もう一つ、山本七平流の常識の一例を示しておく。「ある問題を『個人・家庭・企業』等のレベルまで下げて、自己の身近な問題に還元して眺めてみて、その状態では成り立ち得ないこと(中略)は、国家の段階でも決して成り立ち得ず、継続も存続もし得ないはずだ」。これは国家の未来を予測する場合について述べられたものである。国家のことは立派なことだから、立派な考え方をする必要がある。山本七平はそういう前提を採らない。自分の身近な範囲で成り立たないことは、国家であっても成り立たないよ。そう単純に言い切る。でもやっぱり、国家というと、とたんに肩肘を張る。そういう人が多いのではないか。
読み終わって、あらためて思う。山本七平にはずいぶん大きな影響を受けたなあ、と。山本七平について、この作品を最初に読む人は少ないかもしれない。でもそういう読者がいたら、すべての著書を読むことをお勧めしたい。そうすれば、ここに述べたような下手な解説なんて不要だということがよくわかるであろう。
-
『李王家の縁談』林真理子・著
ただいまこちらの本をプレゼントしております。奮ってご応募ください。
応募期間 2024/12/4~2024/12/11 賞品 『李王家の縁談』林真理子・著 5名様 ※プレゼントの応募には、本の話メールマガジンの登録が必要です。