書評

時代を先読みするユニークな本

文: 佐藤 優

『大世界史 現代を生きぬく最強の教科書』 (池上彰・佐藤優 著)

〈一八〇八年に出た『ドイツ的意味における大学に関する所感』は、当時のナポレオンによる大学の実用主義化への対抗ヴィジョンとして提示された。当時のフランスでは、ナポレオンが大学を総合技術専門学校化する文教令を出し、ドイツでもそれに賛同するような風潮が起こり始めていた。それに対し、シュライエルマハーは、学問が国家と癒着することを厳しく戒める。

 学問のための施設は、学問的認識を目指す者同士の「自由な内的衝動」によっておのずと生まれてくるものであり、国家が率先して創り出すものではない。ナポレオンを最高指導者とする中央集権国家は、本質的に実利を追求する機関であり、実利の範囲でしか学問を見ない。そうした国家にとって重要なのは、知や文化の質ではなく、実用的な情報や技術の量である。それに対して学問的思索は、「個別的な知がどのように連関し、知の全体の中でどのような位置を占めるか」を認識しようとする。シュライエルマハーによれば、一般に学者が国家に取り込まれれば取り込まれるほど、学問共同体は国家の御用機関に堕し、学問共同体は純粋に学問的な思索を追究すればするほど、結果的に国家の質も高まる。

 実用教育と峻別された学問研究の場たる大学は、人がなんらかの専門研究機関で本格的な研究を始める前に、その専門研究が他の学問領域とどのような関係にあるかを認識し、それを素人にも説明する能力を養う場と位置づけられる。従来のヨーロッパの大学は、法学、医学、神学を中心に編成されてきた。しかしそれらの学問は、そもそも国家の庇護のもとに営まれてきた学問であり、知の諸連関と包括的な体系を認識する学問とはなりえない。それに対し、国家から独立して発達した歴史的諸学問や自然的諸学問を統合し包括するような哲学こそ、大学での中心的役割を演じるにふさわしい学問である。それゆえ、それらの専門学部の教員も、哲学部のなんらかの分野に責任をもち授業を担当しなければならない。さもないと、それらの学部は、手工業的な伝承主義や視野の狭い専門主義に堕しがちだからである。

 シュライエルマハーによれば、「諸学問を媒介する学問」としての哲学は、専門的諸学問とともに学ばれて初めて意義をもつ。したがって大学の教師は、哲学を純粋思弁としてではなく、個々の専門科目と連関させて教えるよう要求される。そのさい、教師は、つねに新鮮な対話能力をもって学生に働きかけなければならない。講義は、学生への一方通行だったり、毎年同じ内容の繰り返しであってはならず、学生からの質問にも触発されて年々豊かになっていかなければならない〉(山脇直司「X シュライエルマハー」加藤尚武責任編集『哲学の歴史 第7巻 理性の劇場──18─19世紀 カントとドイツ観念論』中央公論新社、二〇〇七年、五九八~六〇〇頁)

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大世界史 現代を生きぬく最強の教科書
池上彰/佐藤優・著

定価:本体830円+税 発売日:2015年10月20日

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