2016.05.31 書評

大名も町人も、そこから生まれる喜怒哀楽を全て包み込む――「ご隠居さん」が愛される理由

文: 縄田 一男 (評論家)

『出来心 ご隠居さん(四)』 (野口卓 著)

『出来心 ご隠居さん(四)』 (野口卓 著)

 二〇一五年四月に刊行された『ご隠居さん』も、好評のうちに巻を重ね、『心の鏡』『犬の証言』に続き、今回の『出来心』ではやくも四巻を数えるに至った。

 文庫書き下ろし作品としては、寡作ながら、そのホノボノとした作風は、しっかりと読者の心を掴み、『この時代小説がすごい! 2016年版』の「目利きが選ぶ! 文庫書き下ろしBEST20」では、第十位にランクインしている。

 このムック本の中で、野口卓は、「ご隠居さん」シリーズに触れ、次のように記している。

 2015年4月刊行の「ご隠居さん」は、明治後期にガラス鏡が普及するまでの、江戸の青銅製鏡の磨ぎ師が主人公。「女性のいるところに鏡あり」で、大名や旗本の屋敷、商家から長屋まで鏡を磨いで廻ります。あらゆる階級や職業の老若男女と触れ合いながら、どんな物語を紡いでいくことか。(中略)先行シリーズの剣豪、同心ものは多くが男性読者でしたが、本作はぜひ女性にも読んで頂きたいと思います。

 そして、第三巻『犬の証言』に収録されている「幸せの順番」「コドモルス」をそうした作品として挙げている。

 野口卓のデビュー作である『軍鶏(しゃも)侍』は、私たちが久々に味わう厳しいまでの士道小説であったし、それは、この作品がシリーズ化された後も、唯一番外篇の『遊び奉行』を除いて変わることはなかった。

 そして小気味良いまでの捕物帳『北町奉行所朽木組』も同様で、これら一つの世界を突きつめていく物語は、どうしても硬派で男性的な世界観を持つようになってしまう。

 これに対して物語が招かれている場合――先の引用でいえば、主人公の職業が、大名や旗本の屋敷、商家から裏長屋まで、あらゆる階級や年齢を無化してしまう場合、読者はそれこそ、老若男女を問わず広がることになるのである。

 大名から町人まで、皆、同じ人間であり、生きているからこそ、そこから生まれる喜怒哀楽も変わらない。そしてこれを落語を中心とした江戸芸能の味わいで包みこむ。

 だからこそ「ご隠居さん」シリーズは愛されるのではないだろうか。

 もともと作者には、シェイクスピアや落語関係の著作もあり、その教養は並大抵のものではないのである。

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出来心 ご隠居さん(四)
野口卓・著

定価:本体630円+税 発売日:2016年05月10日

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