真田一族は全国に忍びを放ち、そこからもたらされる情報で的確な戦略を立てたといわれているが、著者は有名な真田忍びも、信州との関係が深いとしている。著者は、信州の名家だった滋野一門が、海野、望月、禰津の三家に分裂し、禰津家の女は、ノノウと呼ばれる歩き巫女を束ねるようになっていった事実に着目。真田家は海野家の流れを汲んでいて、禰津家とは同族。そこで真田家は、諸国を自由に行き来できるノノウを忍びにして、共通の目的である滋野の復権を果たそうとしたというのである。ノノウを使ったスパイ工作は、昌幸の代に、近江甲賀の望月家から信玄の家臣で佐久望月家の盛時に嫁いだ千代女が巫女頭に就任したことで、さらに強化されていく。
作中には猿飛佐助、霧隠才蔵を始めとする“真田十勇士”も登場する。著者は、千代女の存在を補助線に用いることで、甲賀流忍術を学んだとされる佐助が、真田家の配下になった理由を合理的に説明しているので、実際に“真田十勇士”のような忍術と武術に秀でたグループが、真田家の情報戦略を支えていたのではと思えるほどである。これも、信州の風土へこだわったからこそ生まれたリアリティといえるだろう。
直系の一族とはいえ、幸隆、昌幸、幸村・信之兄弟は、まったく人生の選択が異なっているので、本書は一作で四つのジャンルが楽しめるといっても過言ではない。
まず、領地を手にするため常に最前線で戦った幸隆を描く前半は、圧倒的なスペクタクルが魅力の合戦が中心となる。幸隆は、信玄が落とせなかった砥石城を奇策をもって奪取するが、これは“特殊部隊”による急襲作戦で、第二次大戦下、ナヴァロン島にあるドイツ軍の巨砲を破壊するため、イギリス軍が潜入部隊を送り込むアリステア・マクリーンの名作『ナヴァロンの要塞』を思わせる迫力がある。信玄と謙信が激突した第四次川中島合戦では、幸隆は、妻女山に陣を構える上杉軍を山から下ろす別動隊に加わっているので、今までにない角度から合戦を見ることになるはずだ。
「表裏比興の者」と呼ばれながら、それを褒め言葉と受け取るようなしたたかな昌幸は、父・幸隆ゆずりの合戦上手。そのため、上田城の退去をめぐり徳川軍と戦った第一次上田合戦でも、関ケ原へ向かう徳川秀忠を上田城に釘付けにした第二次上田合戦でも、その鬼謀があますところなく描かれているが、それよりも凄まじいのが外交戦である。
幼い頃に人質として武田家に送られ、信玄や山本勘助といった名将に接することで戦略と人生を学んだ昌幸は、父・幸隆の教え「人は利に弱い。利に誘われれば、忠義の心も色あせ、死の危険も忘れる」をさらに徹底した実利主義者になる。そして、主家の武田家が滅亡し、数少ない兵力で沼田、上田の独立を守らなければならなくなった昌幸は、ノノウが集めてくる情報を分析して敵の一手先、二手先を読み、「利」に弱い人間心理を巧みにつきながら、北条、上杉、徳川、豊臣とめまぐるしく主君を変えるものすごい瀬戸際外交を展開していくので、良質な国際謀略小説を読んでいるような興奮がある。
ところが幸村は、自分の領地を大きくし、一族を豊かにするため戦ってきた幸隆、昌幸とは逆に、物欲は乏しい反面、歴史に名を刻みたいという「表現欲」が強い若者とされている。真田と上杉の同盟の証として、上杉に人質に送られた幸村は、上杉が唱える「義」など「凡愚の民を騙すための方便」と切り捨てた父の言葉とは裏腹に、「義」が社会と人の心を動かす可能性があることを確信する。謙信の直弟子・直江兼続から「義」には唯一絶対の真理などなく、「おのれの信ずる義」があるだけと教えられた幸村は、甘酸っぱい初恋を経験したり、“自分さがし”をしたりしながら一人前の「漢」へと成長していくので、爽やかな青春小説となっているのだ。
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『赤毛のアン論』松本侑子・著
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