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弱者にエールを送る時代が求めた歴史小説

弱者にエールを送る時代が求めた歴史小説

文:末國 善己 (文芸評論家)

『真田三代』 (火坂雅志 著)

出典 : #文春文庫
ジャンル : #歴史・時代小説

 そして、父・昌幸によって家康の元へ送られた信之は、幼い頃に今川の人質として辛酸を舐め、青年時代は信長の先兵として最前線で戦うなど苦労を重ねてきた家康が天下を取れば、弱者にやさしい社会ができると考え、家康家臣団の一員として、組織を勝利に導くため全力を尽くそうとするので、サラリーマン小説の趣がある。

 真田家三代・四人は、超人的な頭脳と行動力を持っているが、現代に置き換えるなら、一度会社を追われ再チャレンジをはかる幸隆、ベンチャー的な発想と機動力で生き残りを画策する独立志向の強い昌幸、仕事はそこそこにして、精神的なゆとりを求める幸村、組織の中での出世を目指す信之となるので、必ず共感できる人物が見つかるのではないだろうか。物語が進むと、それぞれに自分の信じる道を進んでいるように思えた対照的な四人が、共通して、一族の「誇り」を守ったり、理不尽な要求を拒絶したりするためなら、圧倒的な軍事力を持つ大国とでも堂々と渡り合う気概を持っていることが浮かび上がってくる。それだけに、表層的な政治手法を超越したところにある真田一族の「義」の意味が明らかになる終盤には、深い感動がある。

 天下を統一した秀吉や家康から見れば、真田家の領地は取るに足らないほど小さいが、周囲を上杉、北条、徳川といった豊かな大国に囲まれながらも、硬軟を取りまぜた戦略で自治権を守り、領民から信頼される善政を敷いている。

 バブル崩壊以降、日本は大企業を優遇して景気の回復をはかろうとしたため、大企業が集中する東京と地方の格差はもちろん、持つ者と持たざる者の格差も広がりつづけ、一度転落するとはい上がるのも難しくなっている。国民の不満を解消するため、選挙のたびに地方の再生、格差の是正が争点になるが、これらの問題はいまだに解決されていない。地方の疲弊と格差の拡大で日本中が閉塞感に覆われているからこそ、小さな組織や個人でも、知恵を絞り、努力をすれば巨大な組織と互角の勝負ができることを示した真田一族は、現状を変えるために一歩を踏み出す勇気を与えてくれるのはもちろん、金を稼ぎ出世をするだけが人の幸福ではないことも教えてくれるのである。

 二〇一六年のNHK大河ドラマは、幸村を主人公にする『真田丸』に決まった。これは「信濃毎日新聞」で本書が連載されたのを切っ掛けに、長野県上田市の市民有志が「『日本一の兵真田幸村公』放映の実現を願う会」を結成し、署名集めをしてNHKに働きかけたことで実現したという。つまり本書そのものが、地方が動けば社会を変えられるという事実を、証明したといえる。

 何より、真田家の家訓ともいえる“不様にあがいても生き残れ”、“泥水をすすっても生き残れ”というメッセージに触れると、夢と希望がわいてくるはずだ。

 不況に苦しむ地方と、貧困に苦しむ人たちにエールを送る本書は、まさに時代が求めた歴史小説なのである。

真田三代 上
火坂雅志・著

定価:本体880円+税 発売日:2014年11月07日

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真田三代 下
火坂雅志・著

定価:本体910円+税 発売日:2014年11月07日

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