書評

昭和史の真実を知るために、当事者たちの証言をどう読むか?

文: 保阪 正康 (ノンフィクション作家)

『テロと陰謀の昭和史』(文藝春秋 編)

 ただし辻は、もし石原が戦後社会を長らえたとしたら、五点の自論を展開したであろうと断言している。とくに東亜連盟を主軸にしたうえで、「外交では、米ソの両陣営の外に、アジア聯盟を強化し、印度のネールと結び、中共をアジアの陣営に復帰させることを主張するであろう」と。石原に関心を持ち、その生涯をなぞり、そしてその思想にふれたなら、この五点はきわめて正しいとの感がしてくるのである。

 もうひとつ挙げれば、前述の満州某重大事件は、関東軍高級参謀の河本大作らによる陰謀であったのだが、その河本が、戦後の講和条約発効後の日本社会で、この事件についての全貌を語っている(「文藝春秋」昭和二十九年十二月号)。そこで河本は、「一人の張作霖が倒れれば、あとの奉天派諸将といわれるものは、バラバラになる。今日までは、張作霖一個によって、満州に君臨させれば、治安が保たれると信じたのが間違いである」と言い、巨頭を倒す以外にないとも覚悟したとつけ加えている。河本の一連の証言は、当事者による戦後十年近くを経てのものであり、その信憑性が問われているところだが、しかし個々の証言を確かめていくと、河本らの陰謀であることは間違いない。このころになると、このような陰謀の話は、当事者が隠すことが多いのだが、河本は隠してはいない。

 満州某重大事件は、河本の発言だけではわかったことにならない。たとえば張作霖軍閥の日本側顧問だった町野武馬は、天津まで張作霖に同行しているが、途中で降りてしまう。町野は日本軍人の古手の指導者だったが、なぜ最後まで張作霖に同行しなかったのか(同行すればまちがいなく爆死していた)、そのような疑問に河本はまったく答えていない。その点では、戦後社会にも昭和史解明を妨害する動きがあったことがわかってくる。

 同時代史の証言と歴史の証言とを融合させている本書は、その意味では貴重な書であり、教示している点も少なからずある。しかも同時代史の証言の重厚さに比べると、本書における戦後の原稿執筆者にはなんらかの計算が見え隠れしていて、それはそれでユニークさを保っているのではないかと思う。

 大川周明が極東国際軍事裁判の法廷で、A級戦犯・東條英機の頭を叩いた「事件」は有名だが、大川はもともと東條とは対立もあったと言いつつ、「往年吾々が偕に酒を酌んで酔いを発すれば、男性的愛撫と唱えて互に頭を打ち合う習わしがあった」、自分はそのつもりだったと書いている。この大川の稿は、「文藝春秋臨時増刊」昭和二十九年十月号に書かれたのであり、事件からすでに八年余もすぎている。はたして大川のこの証言は、同時代史の中では通用したであろうか、と考えると、疑問を呈したくなる。

 私たちが当事者の証言によって史実を確定するのは、証言者の位置づけを明確にしたうえでの配慮が必要である。そうでなければ証言者の言は、すべて史実化される。この史実化によってその後の現代史の解釈が歪むこともありうる。本書はそうした歪みを正すための貴重な役割も果たすだろう。一人一人の登場人物そのものが、私の証言をあなたたちはどう思うか、と問うているかのようでさえある。

 本書の各人の証言を尺度にして、改めて昭和史を証言した人びとの手記、回想記を読むことを勧めたい。やがて何が真実かがわかってくるように、私には思えるのである。



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テロと陰謀の昭和史文藝春秋編

定価:本体730円+税発売日:2017年10月06日