そう、どうでもいい。人殺しとして拘束され、罰を受ける。それは自業自得なんだ。俺は人を殺しているのだから。生まれた瞬間からそばにいる自分の分身を。
もう疲れた。ここで終わりにしよう。
左腕の感覚が消えていく。次の瞬間、激しい衝撃が頬に走った。小さくなって膝を抱えていた岳士は、屋上に横倒しになる。
頭がくらくらとする。キーンという耳鳴りとともに、突き抜けるような痛みが脳天に走る。この感覚は知っていた。ボクシングで強烈な一撃を受け、ダウンしたときの感覚。
「なにするんだ!」
岳士は自分を殴った自らの左腕を睨みつける。海斗は素早く動くと襟元を無造作に掴み、引っ張り上げた。シャツが小さく破れる。
『これで正気に戻っただろ』
たしかに、さっきまで消えていた現実感が戻ってきていた。強烈なパンチが岳士と現実を隔てていた殻を打ち破っていた。
生温かい風に乗って、遥か遠くからパトカーのサイレン音が聞こえてくる。逮捕されてもかまわないと思っていたにもかかわらず、背筋に震えが走った。
『まだ大丈夫だ。さっさとサファイヤの容器を回収して逃げるんだ!』
「けれど、俺は・・・・・・」
岳士は言葉を濁す。シャツの襟を放した左手が、顔の前にかざされる。海斗と目を合わせているような心地になる。
『岳士。よく聞けよ。あの子は僕じゃない』
言い聞かせるような海斗の言葉に、岳士は体を震わせる。
『あの子は僕じゃないんだ』
同じ言葉を繰り返した海斗は『逃げるぞ』と階段を指さす。
「けれど、あの子は俺が渡したサファイヤのせいで・・・・・・」
『お前はサファイヤを渡すことであの子に更生のチャンスをやったんだろ。そこから先は彼女自身の問題さ。お前が責任を感じる必要なんてないんだ』
「けれど・・・・・・」
『お前はいま、サファイヤの流通ルートの中枢に食い込んでいる。うまくいけば、サファイヤの供給元を絶って、これ以上あの子みたいな犠牲者をださないで済むようになるかもしれない。そのためにはいま警察に拘束されるわけにはいかないだろ』
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