2018.02.01 別冊文藝春秋

『レフトハンド・ブラザーフッド』知念実希人――立ち読み

文: 知念 実希人

電子版17号

 倒れているバイク。燃え上がる火柱。額から頬にかけて広がる温かくぬるりとした感触。固く握り合った左手。そして、自分と同じ顔の男。

 一筋の炎が、蛇が這うように蠢きつつ近づいてきた。自分と同じ顔にふっと笑みが浮かび、手が振り払われる。そして、伸ばした左手が炎に包まれた。

「やめろぉ!」

 頭を激しく振って忌まわしい記憶を頭蓋の外へとはじき出した岳士は、右手で頭を抱える。

 遠くから悲鳴が聞こえてきた。おそらく、通行人が少女の遺体に気づいたのだろう。しかし、岳士は動かなかった。

 重力に引かれてスローモーションで落下していく少女と、自分と同じ顔の男。

 三ヶ月前、そして数分前の記憶が混ざり合い、岳士を苛む。

 全て忘れてしまいたかった。セーラー服の少女も、河原で発見した遺体も、蒼色に妖しく輝くドラッグも、そして・・・・・・海斗のことも。

 岳士はダンゴムシのように体を丸め、外界と自らの間に厚い殻をつくりはじめる。この触れれば血が滲むようなつらい現実から目を背けるために。

 意識が自らの内側に落ち込んでいく。光も音も、熱帯夜のべたつく空気も感じなくなっていく。

『なにをしているんだ!』

 意識の奥底から声が響いてくる。岳士は奥歯を噛みしめた。

・・・・・・ほっといてくれ」

『ほっておけるか。すぐにここから離れろ。いまごろ通行人が通報しているはずだ。もうすぐ警察がやってくるぞ』

 海斗は早口でまくし立てる。

「それが?」

『それがって・・・・・・

「どうでもいいだろ、そんなこと」

『なに言っているんだ!? あの子はこの屋上から転落したんだぞ。警察がここを調べる前に逃げないと。あの子は自分から落ちたけど、警察は突き落とされたかもしれないと疑うはずだ。それに、サファイヤの容器も落ちてる。絶対に拘束されるぞ。そうなったら、お前が殺人容疑で手配されていることに気づかれる!』

「もう、どうでもいいんだよ・・・・・・

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