「外で食べたほうがお互い気が楽だと思うけど。準備や後片付けとか気にしなくていいし」
「私も美緒ちゃんもいるじゃないの。そんなの三人でやれば、あっという間。台所で私たちが支度をしている間、おじいちゃんと広志さんはあっちの部屋で」
祖母がテレビが置いてあるリビングを指差した。
「ビールでも飲んで待っていてくれたらいいわ。二人だけで積もる話もあるでしょうし」
そういうわけには・・・・・・と父が居心地悪そうな顔になる。
「僕も何か手伝いますよ」
「鍋奉行をお願いね。さっそくお買い物に行かなきゃ。ねえ、広志さん、岩手のほうのすき焼きはどんなふうなの?」
「別に、普通です」
「その普通っていうのが土地によって違うんですよ。割り下を使うとか、使わないとか。・・・・・・美緒ちゃん、どこ行くの。みんなで準備をするのよ」
祖母にあおられるようにして、準備を整えた夕方、時間通りに祖父が来た。しかし、明日は大事な納品が控えているから、できるだけ早くホテルに戻りたいという。そこで、すぐにすき焼きを始めることになった。
祖父の隣に座り、美緒は黙って煮えた肉を口に運ぶ。祖母と母は向かいの席に並び、最初は祖父と盛岡の気候の話をしていたが、話題はすぐに尽きてしまった。テーブルの短い辺に座った父は、グリル鍋に黙々と割り下を入れ、甘辛い肉と野菜を作り続けている。
静かな食卓に耐えかねたように、祖母が口を開いた。
「ごめんなさいね、私が差し出がましいことをして。中華のほうがよかったでしょうか」
いいえ、と祖父が穏やかに答える。
「年ですかね。最近、それほど量が食べられない。それに息子の家で食事ができるのは嬉しいものです」
得意気な顔をするかと思ったが、祖母は寂しそうに笑った。
「本当ですね。あっという間に年を取って。外食も億劫になりがちで」
「そんな年寄りの食事に、育ち盛りの美緒が満足できているかが心配でしたが・・・・・・」
「美緒は食が細いですから」
母の言葉に続いて、祖母が興味深そうに聞いた。
「美緒ちゃんは朝とか、どうしてたの? 岩手に行く前は昼前に起きて、適当に自分で食べていたけど」
朝? と美緒は聞き返す。
「ちゃんと起きて、おじいちゃんと食べてる」
「何を食べてるんだ?」
しらたきをグリル鍋に入れながら父が聞く。具材の水気が鍋ではじけて軽やかな音をたてた。
「トースト。トチのはちみつを塗って、上に黒ごまをかけたもの。あとはカフェオレ。きれいな漆のカフェオレボウルで飲むの」
あら、おしゃれ、と祖母が意外そうな顔をした。
「漆器のカフェオレボウルがあるの?」
「応量器の鉢の形をアレンジして、友人が試作したものです」
オウリョウキとは何だろう。いつもなら祖父に聞くのだが、今日は聞きづらい。
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