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ふたり芝居『家族熱』、連続ドラマ「春が来た」制作者が語り合った向田作品の魅力と可能性【前編】

ふたり芝居『家族熱』、連続ドラマ「春が来た」制作者が語り合った向田作品の魅力と可能性【前編】

合津直枝(テレビマンユニオン) 松永 綾(WOWOW)


ジャンル : #エンタメ・ミステリ

ホームドラマで性を描く

松永 綾(まつなが・あや) 九州大学卒業後、WOWOWに入社。宣伝部を経てドラマ制作部へ。『人質の朗読会』がモンテカルロ・テレビ祭で「モナコ赤十字賞」と「SIGNIS 賞」をダブル受賞。『向田邦子イノセント』『ふたがしら』など制作多数。

松永 私にとって向田さんとの出会いは、最初は教科書の中でした。「字のない葉書」(『眠る盃』所収)を教科書で読んで、エッセイなのですごく短いんですけれど、非常に心に残りました。テストで問題を解いていても、感動で胸が詰まってしまうんです。教科書に載っているんだから作家さんだとばかり思っていて、その後、向田さんが脚本家だと知りました。

「字のない葉書」は、今読んでもシンプルだけど味わいが深い。本当に慈愛に満ちた、余韻が残る作品で、子供心にも他のものも読んでみたいと思ったんですが、結局、本格的に向田作品を読みはじめたのは、やはり大学生になってからでしょうか。特に『阿修羅のごとく』は、私自身、姉妹がいないせいか古今東西の「姉妹もの」に惹かれるんですが、もうすっかりはまってしまいました。

『阿修羅のごとく』

合津 NHKドラマの『阿修羅のごとく』は、七九年~八〇年の放送でしたから、リアルタイムではないんですね?

松永 ずいぶん後になってから見たんですが、これも強烈な印象でした。いわゆるホームドラマというか、ほんわかしたものとは違う切れ味の鋭さが、生臭くて本当にリアル。突き刺さる感じがすごいんですよ。テーマ音楽に使われたトルコ軍楽隊による「ジェッディン・デデン」も効果的で、それも含めて実に鮮やかでした。

合津 向田さんは仕事の打ち合わせはほとんど、南青山のご自宅でされていて、そこでNHKディレクターの和田勉さんが、「次はどういうものを?」と聞いた時、向田さんが「私、セックスが書きたいの」っておっしゃって、それがドラマ『阿修羅のごとく』になったらしいですね。

 それを聞いた和田さんは驚かれたそうですが、向田さんは「コップのお水を自分が飲んだ後、相手の男にそのまま差し出して飲ませるのもセックスだと思うのよ」って。お茶の間でセックスはタブーだけれど、向田さんは生々しい情愛という意味でのセックスをお書きになりたかったんでしょう。けれど、それをあえて「セックスが書きたい」と表現するのも、向田さんらしい気がします。

松永 ホームドラマで性を扱うのは、今でもタブー視されますよね。制作者側としては、そういう意味でも向田さんの革新性というか、パイオニア的なところが恰好いいんです。文体も恰好いいし、感性も恰好いいし、それにビジュアルも含めて全部、恰好いい。今も昔も、唯一無二の存在だと思います。

合津 私の好きな一冊に挙げた『夜中の薔薇』の中でカッコいいと思ったのが、「手袋をさがす」というエッセイに書かれた、向田さんの生き方ですね。自分は本当は何になりたいのか、何に向いているのか、ずっと考え続けている。結婚だってお見合い話もたくさんあったし、この辺の男で手を打てば、両親も喜ぶし、昭和一桁生まれの女として幸せも全うできるかもしれない。でも、そんなことで自分は満足しない。気に入らない手袋をはめるくらいなら、寒くてもポケットに手も入れずに颯爽と歩く方がいい、という。最後に「私はまだ合う手袋がみつからないけれど、一生ほしいものを探して歩く」と。安易なところで手を打たないのが、ものすごくカッコいいと思う。

松永 その通りですよね。直木賞の選考会で、向田さんは一回目の候補で、単行本にもなっていないことだし、もうちょっと見た方がいいんじゃないか、ということになった時、選考委員のどなたかが、向田さんももう五十歳を超えているからとおっしゃったとか──とてもお若くみえますから、周りはそんな年齢だとは思っていなかったんでしょう。この発言で流れが変わって、受賞にいたったそうですが、今になって思えばまだ五十歳で、いよいよこれからという時に、亡くなられてしまいました。

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