まず、最初に「おたふく」が書かれた。たぶん、そこで生み出されたおしずというキャラクターに山本周五郎が惚れ込んでしまったのだろう。一年半後にふたたびおしずを主人公に、「おたふく」に描かれた時期より以前のことを描く「妹の縁談」が執筆された。さらにその半年後にはその二つの作品の間の時期を描く「湯治」が発表されているところからすると、「妹の縁談」を書いた時点で、すでにこれらを三部作として構成するという腹案が成っていたのかもしれない。
いずれにしても、「おたふく」を書いたあとで、自身が生み出した「かわいい女」の中でも一、二に挙げられるようなおしずを、山本周五郎は簡単に手放せなくなってしまったのだろう。そこで、どうしてこんな「かわいい女」であるおしずが三十過ぎまで結婚しなかったのか。その理由を明らかにすることで、さらにおしずを立体的に描こうとしたのだ。
おしずの「かわいい女」ぶりは「妹の縁談」や「湯治」にもたっぷりと描かれているが、それらは、どちらかと言えば、「おたふく」に至るまでの踏み台的な役割を担わされている。なにより、おしずの真のドラマは「おたふく」に描かれ切ってしまっているのだ。
そこで、この「名品館」では、「おたふく物語」のうちの最上の一編である「おたふく」だけを採ることにした。
「菊千代抄」
山手樹一郎という時代小説家がいる。『桃太郎侍』や『夢介千両みやげ』といった浪人物に代表される、向日性を持った明るく鷹揚な主人公を描くのに秀でた作家である。
その山手樹一郎は、多くの時代小説家と同じく御家騒動物を書いているが、そこではお家乗っ取りを図る一味に狙われた姫君が男装して城下から江戸に、あるいは江戸から城下に逃れるというパターンが多く用いられた。美しい姫君が、胸にさらしを巻いて男装するという姿には、ほのかなエロティシズムが匂い立つ。そうした作品が何作か描かれたということは、山手樹一郎という職人的な作家には、それが読者に好まれるという確信があったのだろう。いや、山手樹一郎だけではなく、柴田錬三郎にも姫君に男装させて逃避行をさせるという作品があるから、それは時代小説の読者の多くに支持された「定番のコスプレ」と言えるのかもしれない。
だが、ここで、山本周五郎は、同じように男装の姫君を描きながら、それを読者サービスのエロティシズムとしてではなく、現代の用語を使えば「性同一性障害」に近い、ひとりの女性のアイデンティティーの危機の物語として提出した。
お家の都合で姫君が若殿として育てられる。自身も男として生きているところに、突然、初潮が訪れることでいっさいが明らかになる。それによって、菊千代という女性の、混乱した苦しみの人生が始まるのだ。
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