2018.06.18 書評

女の、男への。母の、子への。妻の、夫への。様々な「情」が乱反射する周五郎の短編世界#1

文: 沢木耕太郎

『寒橋(さむさばし)』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

『寒橋(さむさばし)』(山本周五郎 沢木耕太郎 編)

 私の父は、二十年前に八十九歳で死んだが、その晩年の一時期、熱心に俳句を詠んでいた。もちろん、素人俳句の域を出ていなかったが、二つ三つは私にも悪くないと思える句があった。「聖夜なり雪なくばせめて星光れ」とか、「差引けば仕合はせ残る年の暮」とかいった句は、その季節になると、ふっと口をついて出てきそうな気がするくらい親しいものになっている。

 その父の句の中に、こんな一句がある。

樟脳を纏ひし母の冷たさよ

 これだけではよくわからないかもしれない。だが、その句については、父が所属していた結社の句誌に載せた短い文章が残されており、それを読むと、なるほどそういう句だったのかとわかる仕組みになっている。

 そこでは、まず齢をとればとるほど幼少期の記憶が鮮明になってくるらしいという前振りがあったあとで、次のように記されているのだ。



こちらもおすすめ
書評女の、男への。母の、子への。妻の、夫への。様々な「情」が乱反射する周五郎の短編世界#2(2018.06.19)
書評女の、男への。母の、子への。妻の、夫への。様々な「情」が乱反射する周五郎の短編世界#3(2018.06.20)
書評「意地」を貫き通すなかで光を放ち、一層かがやく、周五郎の世界の男たち #1(2018.05.28)
書評「意地」を貫き通すなかで光を放ち、一層かがやく、周五郎の世界の男たち #2(2018.05.28)
書評「意地」を貫き通すなかで光を放ち、一層かがやく、周五郎の世界の男たち #3(2018.05.28)
書評貞淑な妻の鑑、「性」に翻弄される女――周五郎が描いた、きら星のごとき女性たち #1(2018.04.25)
書評貞淑な妻の鑑、「性」に翻弄される女――周五郎が描いた、きら星のごとき女性たち #2(2018.04.26)
書評貞淑な妻の鑑、「性」に翻弄される女――周五郎が描いた、きら星のごとき女性たち #3(2018.04.27)
寒橋(さむさばし)山本周五郎 沢木耕太郎編

定価:本体870円+税発売日:2018年06月08日