- 2018.06.21
- 書評
アメリカでの取材に同行して感じた、著者の温かくも厳しい“眼”
文:宮田文久 (フリーランス編集者)
『黄金の時』(堂場瞬一 著)
出典 : #文春文庫
ジャンル :
#エンタメ・ミステリ
「41年か42年製の移動バスがひどかったんですよ。選手が乗る前にエンジンをかけて、エアコンの冷房を効かせてくれているんですが、モデストの球場からすぐのルート99に乗るころにはエアコンが切れてしまってね(笑)。窓は開けられたけど小さくて、とても暑く、息苦しかった」
氏の正確な記憶力には驚くばかりでした。そして堂場さんから、総一郎が初めて移動バスに乗った場面が書かれた回の原稿を受け取り、私は再び驚くことになりました。深い夜の只中を進むバス内では、どの選手が鳴らしているのか、ラジオから低い音量で、「『ヘイ・ポーラ』のゆったりしたリズムと柔らかいメロディ」が流れているのです。
63年に全米で大ヒットを記録したデュエットソングが、ボロボロのシートに身を沈める選手たちの疲労と、甘やかなバラードに束の間の癒しを求める誰かの心持ち、それらが混然一体となったバスの空気を、一瞬で私たちに伝えてくれます。
取材現場での真摯な“眼”による観察。それに基づきながら、フィクションならではの想像力によって紡がれる、どこまでもリアルな感触。現実とイマジネーションを自在に行き来する堂場さんの頭脳によって、私たちは最後の一行まで親子三代の物語に引き込まれていくのだと、担当編集者として、改めて深く納得したのでした。
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